第4話 願いなど

廊下を掃除していた葛原勇佑は、悲鳴を聞きすぐさま駆け付けた。


「どうしたのですか!?」


女中や有凪は、震えながら知紗を見ている。

「知紗さま?」

勇佑は知紗から視線を外し、女中と有凪の視線に顔を向けた。


視線の先にあったのは、蝉の抜け殻と数匹の死骸。


知紗は、それらを見ながら笑っていたのだった。


「かわいいなー」

知紗は、ただ無邪気に笑っている。そしてしゃがみこんで蝉の抜け殻と死骸で遊んでいた。


勇佑が呆然としていると、後ろから大きな声が掛かる。


「勇佑!」

ビクッと身体が動き、勇佑は振り向く。


「何をしているんだ、早く行きなさい!」

恐ろしい剣幕で、父の葛原勇仁が勇佑を見下ろしていた。


勇佑はこの時、8歳になったばかりだった。

両親は東雲家に仕える使用人と女中。

勇佑も5歳になってから、東雲家に手伝いような形で働いていた。


「は、はい」

父の言葉に、勇佑は動くしかなかった。


「ち・・・知紗さま。こちらへ行きましょう?」

勇佑は、奥の部屋の庭に知紗を誘う。

「どうして?こんなにかわいいのに」

知紗は目を丸くしている。事の状況は全くと言っていいほど理解はしてない。

というより、5歳の知紗にそこまで考える力もないのだが。


「こちらでも遊べますから。知紗さま、行きましょう?」

「あなたもいっしょにいる?」

「もちろんです。ですので」

「わかったわ。ははうえ、いってきます!」

勇佑は、知紗の手を引っ張った。

少々強く引っ張り過ぎたと思ったが、ここから離れなければ、有凪にも父にも怒られることは勇佑にも容易に想像出来たのだった。


───────────────────


「奥様」

野太い声で、勇仁が有凪に近づく。


「大事ありませんか?」

「え、ええ・・・・。少々驚いてしまいました。見苦しいところをお見せしてしまって、申し訳ないわ」

「そのような。ご自分を責めるようなことをなさらないで下さい。私も驚きましたゆえ」

「知紗は・・・・何故私にあのようなモノを?」

「幼いゆえの好奇心でございましょう。勇佑もよく拾い集めておりました。今はそのようなことはございませんし、一時的なものでしょう」

「そうですか?それならば・・・・良いのですが。女子があのようなはしたない姿を晒すなど絶対にあってはいけませぬ」

有凪の目に怒りがこもった。


「お部屋に帰りますわ」

有凪はそう言うと、傍にいた数人の女中が慌てて部屋に戻る支度を始めた。

「奥様。さ、どうぞこちらに」


「失礼致します」

「はい」

勇仁が、有凪の姿が見えなくなるまで頭を下げていると、後ろから声が掛かった。

「勇さん」

「どうした、茉」

茉は勇仁の妻───そして、勇佑の母親だ。


「勇佑に声を上げていたでしょう?あの子はまだ8つ。そこまで叱らずともよろしいではありませんか」

「勇佑は東雲家に仕える者。幼いなど関係ない。ここにいる以上、今は知紗様をお守りすることが一番の役目だ」

「そうですが・・・勇佑には荷が重いかと。知紗様は・・・・少々変わっておられますもので」

「茉まで言うか。奥様に聞かれたらどうする」

「ですから、こうして奥様が部屋に戻られるのを待って勇さんに話しかけたのではありませんか。奥様のお心に知紗様の思いが届けば良いのですが。────戻りますね、勇さん」


意味深に勇仁に語り、茉は勝手場の方に向かって行った。



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