第17話 不安と温かい気持ち
「みんなどこよ」
田中ちゃんは声を精一杯出して叫ぶ。
でもいない、当然である。不安も増し増し、罪悪感も増す増す、大ピンチである。お腹も空いてきた。絶体絶命だ。
「お嬢さん、よく会うね」
なんとなく見覚えがあるようなないようなおじさんが目の前に現れた。田中ちゃんは申し訳なさそうにおずおずと訊いた。
「あのおじさん誰ですか?」
「小屋と花火大会の時、会ったじゃないか」
「あ、あの時の!」
「社長、またこんなところに!」
「あぁ、小河原君。もう帰っていいよ」
「そうはいきません。大体あなたは昔から…」
「もうその話は聞き飽きた。お嬢さん、それでどちらまで?」
田中ちゃんはおじさんからするいい匂いにくらりときた。田中ちゃんはいい匂いのする男性が大好きだ。
「えっと、友達とはぐれちゃって、探さなきゃ」
「小河原君。非常事態だ」
「迷子か。この森広いし心配ですね」
「名前はなんていうのかな?」
「オサム、シュン、トモ」
「それならば私がお嬢さんをおぶって、一緒に探そう」
「ですが社長。マックマートン社との電話会議が」
「キャンセルだ。向こうの社長に一人のレディを救うと言ったら話は通じる。それで何時までなら大丈夫だ?」
「奥様とお食事が十七時です」
「あと二時間だな」
「いえ、一時間半です。ドロドロで行けません」
「では秘書くん、後はよろしく」
おじさんは熱心に探してくれた。
おじさんの背中を心強く思い、いつの間にか自分が泥だらけであることを忘れて、身体を預けていた。
「お嬢さんはいつも何か事件を持ってくる」
「え?」
「ある時はシャンパンで体調を崩されるし、パーティーで企業の社長を集め大注目を受ける」
社長は泥酔して記憶がある女は幻想だと思っている。
それで既成事実を作られようとした経験があるので仕方がない。
自分の発言で田中ちゃんが大変なことになっているとは露知らずである。
え、あの時助けてくれたおじさんもこの人、仮面昼食会で助けてくれて新しい料理くれたのもこの人、いやその前に私を受け止めてくれたのもこの人だよね。
おめでとう、田中ちゃんの恋心が発動した。
昔、煮卵に似た男の子に対して想った感情である。そこから田中ちゃんの恋モードは暴走する。
もしかして私のことずっと見てくれたの? 見守って、困ってたら手を差し伸べてくれて、たくさん助けてくれた。大人のいい匂いのする男の人、こんな気持ち初めて!
内容としては薄っぺらいが初めての感情ではない。
大きな背中でそんなことを考えている時も社長は大声で三人の名前を呼んでいる。
社長はまさか自分の一言で落ちたとは考えていない、なので黙った田中ちゃんが不思議でたまらない。
「どうかしましたか?」
「いや、別に」
顔が直視出来ない、恋モード発動である。
「どこか痛みますか?」
「いやもしかして居場所が分かったかも」
田中ちゃんは社長の優しさにキュンキュンしているから今すぐこの場を去りたい。
「どこですか? 一緒に」
「あっ、田中みっけた!」
「田中、どこ行ってたんだよ」
「もう田中ちゃん、どしたの? その人」
田中ちゃんのピンチを救ったのは三人の子どもたちだった。田中ちゃんは震える声で三人に声をかけた。
「どこに行ってたの?」
「いつもの田んぼ」
「あぁ、良かった」
田中ちゃん、心からの安堵。
「え、この三人? 君は優しくて、責任感が強いんだね」
「いやそんな」
「田中ちゃん行こ! おばちゃんがアイスくれるって」
「うん分かった。あっ」
「ん?」
「玉名さんありがとうございました。またお礼は改めて」
かけていく田中ちゃん。恥ずかしくて傷の痛みを忘れていた。
「元気だな。田中、というのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます