第16話 食欲全開
「おひとりは寂しいでしょう。私のテーブルに来ませんか?」
「あの、でも私服汚れちゃったし」
田中ちゃんは伊勢海老に一生懸命で、つい伊勢海老エキスを服に飛ばしてしまったのだ。
社長は滅多に来ない予想よりも若い声に驚いた。そして確信したこれは丘の上のあの子だ。
社長は田中ちゃんが挨拶の前にお料理食べちゃうほど、世間知らずであることには気づかない、フィルターがかかっている。
田中ちゃんは伊勢海老の次に狙っていた鯛の味を想像していた。
そしてここから社長の妄想は広がる。
この声は地主との取引の時も花火大会の時も聞いたあの声だ。
そうかこの子が、なんてことはあり得ないか。
社長は少年の心をもっているが、アホではない。現実感をしっかり持つ少年風大人の男だ。
ただ、田中ちゃんを落としてみたいとも思っている。
もちろんこのテーブルで起こっていることは真浮華の目には一目瞭然である。
気に食わない、自分よりも注目を浴びていたのがあの娘であること。
気に食わない、あの男に特別扱いをされていること。
気に食わない、あんな年端もいかぬ小娘に負けていること。
そして田中ちゃんが着替え終わり、終わるまで真浮華のあいさつは待たされ、イライラを押し殺しながら、真浮華は田中ちゃんに訊いた。
「あの男とはどこで会ったの?」
「玉名さんでいいですか?」
「いいわよ。どこで知り合ったの?」
田中ちゃんには分からない、どうして何を訊かれているのか。
なぜ目の前にある伊勢海老を食べることが出来ないのか。
「あの男ってさっきの方ですか?」
今、田中ちゃんの前は輝いていた。伊勢海老、鯛、ステーキ、色々なお料理。
自分の前にあるこれらを分けずに無料で食べていいことに感動していた。
本当はお金がかかっているのだが、田中ちゃんは難しいことは分からない。
そのころケンタは限界までチャレンジしていた。もちろん性的な意味である。
「そう社長というのが分かりやすいでしょうか? なに、正直なことを言えば許してあげますよ?」
真浮華は確信していた。
私が見初めた男よ、もうこんな接触したら好きになるでしょ。
しかし田中ちゃんはあくまでも料理のことに一生懸命である。他のことは頭に無かった。
「玉名さん、伊勢海老いらないならください」
真浮華は恐ろしいものの片りんを見た。
どこをどう見ても田中ちゃんの目はマジだったのだ。
その瞬間、悟ったのだ。
アホだ。
おじさん誰だったんだろ。なんか、聞いたことある声だった。
「だからあんな会合? みたいなもんに行くなって」
おじさんはキラキラと少年の様な目で、せっせと段ボールまとめていた。小屋の中は蒸し暑くて、窓開けているけど、外は大雨。
「あんたはお気楽でいいけど、田中ちゃんは人生に迷ってるわよ」
「酔っぱらって変なじじいに声かけるからだろ」
グサグサと田中ちゃんの心にフォークが刺さった。
「まぁいいじゃん。ハーゲンダッツ買ってきたし、食べよ」
ハーゲンダッツ、やば。あのコンビニのアイスコーナーの至宝。
「ストロベリーと抹茶とクッキークリーム。何がいい?」
ここで女子大生らしく、ストロベリーと思うだろう。否、ここは乙女道で抹茶を進むべきだろ。
「クッキークリームで」
裏切り。至高の悦び。
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