第18話 とわの別れ
「おい、あいつおかしいぞ」
「気になるんなら声かければ」
「どうしたんだよ。ケンタもあいつもおかしいぞ」
「別に私は幸せよ。あんなの一夜の過ち、男に恵まれない不遇の人生」
「恋をしたのは既婚者なの」
「二人ともレベル高すぎてついていけねぇよ」
「え! 既婚者? 恋?」
「おぉ、いきなり元気になったな。おい」
「ケンタさん私どうすればいいの?」
「でも好きなんでしょ?」
「奥さんいるよ。恋なんだよ、これはもう」
「田中ちゃん、いい? 既婚者に恋なんてものは浮ついた本能の勘違いよ。でも勘違いと胸張って後悔のしないようにやってきなさい」
「あぁ、俺もあの時に勇気持っていればなーって思う分岐点はたくさんあった。今がその時だ。後悔の無い分岐を選べ」
「あらアンタにしてはいいこと言うじゃない」
「うるせぇ、やめだやめだ。こんな話」
「あら? 照れ隠し?」
北の丘にいる気がした。やっぱりあの人はいた。
「この前はありがとうございました」
「あぁ田中さん。こんにちは」
「こんにちは玉名さん。今日、御付きの人は?」
「もう帰ったよ。それにしてもこの丘はいいね。町が一望できる」
「私、玉名さんに言うことがあるんです」
「うん?」
「私、玉名さんのこと好きです」
「私はおじさんだよ。君より少なくとも十五は離れている」
「それでも」
「あら、またここにいたの」
「真浮華」
「玉名さん」
「あなた何してたの?」
真浮華は全部知っている。甘えたように社長にしなだれかかった。
「いや、あの。なんの話だったかな」
おとなの狡さ、人任せ。
「あっ、私玉名さんのこと人間として好きです。尊敬しています。ありがとうございました」
タッタッタと田中ちゃんは逃げ出した。
田中ちゃんは限界だった。想いも涙も。
田中ちゃんは去り際社長がいった『ジュテーム』について調べてみようと思った。
ジュテームは愛してるだった。
あの後、社長と玉名さんがこの町に現れることは無かった。
玉名ホテルの計画は頓挫した。おじさんが小屋から追い出されることもなく、森が無くなることも、丘から花火が見えなくなることも無くなった。きっともう北の丘で花火は見ないけど。
京作おじさんは玉名グループが置いていった一千万を玉名グループに返したら、「迷惑料です。どうぞ」と言って返してくれたようだ。
その一部を使って、ケンタさんと温泉旅行に行った。本人は「部屋は別にした」と言っていたが、疑惑の目を向けざるをえない。
「あんた一皮むけた顔してる」
「そらちゃん」
大学も始まり、そらちゃんといつも通りランチしている。
そらちゃんは、ひと夏で年上の恋人と一線を越え、今も幸せに付き合っている。
「私は絶対、碧青ねぇみたいにはなんない」
「碧青ねぇって?」
「男と不倫して、引きこもりになった従姉妹。既婚者はダメだわ」
「そう言えば、そらちゃんの彼氏ってどんな人?」
「こんな人よ?」
見せてくれた写真はシュン君のお父さんとよく似ていた。
そらちゃん。
「社長、もういいですか? 会長がお待ちです」
「あぁそうだな。もう行こうか」
「神路ニューストリートの買収の件でメールが大量に」
「分かった分かった」
「この町に来ることはないな」
「急いでください」
「そう言えば神路とは懐かしい」
「仕事なんで懐かしいもクソもないです」
夏も終わりだ。少し肌寒い風が吹き抜けた気がする。
あの人とまた会えるだろうか。
私は北の丘の方を見上げた。
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