第13話 北の丘の花火大会
花火大会が明日に迫った。北の丘で私は誰と花火を見るんだ。そもそも建設予定地だ。入れるのか。
「入れるんだな」
「おじさん心読めるってすごいね」
「地主特権だ。そもそもまだ北の丘はうちの土地だ」
「やった。今年もみれるんだね。花火」
やった花火、花火。
なのに、当日。雨が降った。
「ちょっとあんた。雨なのに浴衣着てさ、リンゴ飴なんかどこで手に入れてきたのよ」
「おじさんの趣味で飴くれた」
「京作も多趣味ね。小さい頃は神童だったのに、今や古紙回収か。古本が混ざっているから、金になるって言ってさ。可愛い弟だから庭で採れた野菜くらいならあげるけど」
母さんは京作おじさんに甘い。
母さんはおじさんがトラックを使って、古紙回収にまわってると思っている。おじさん、最近はスチール缶が熱いらしい。
「花火大会があるもん」
「あんたね。大学生になってもんは辞めた方がいい。そんなの引っかかる男はロクな奴じゃない」
「はい」
「雨止んだ」
「あっ」
雨止んだよー。みんな止んだよ。止んだよ。
「あら、浴衣着て花火大会?」
「おばちゃん、今から秘密の場所に行くの」
「あら逢引き? おばちゃんも若い時は数多の男と逢瀬を」
「行ってきまーす」
おばちゃんの話は長いから聞かないに限る。
花火上がるのかな。北の丘に上がると、丘には複数の男性がいた。スーツ姿だ。困ったな。見れない。
森の中で見守っていると、花火が始まった。
せっかく北の丘に来たのに最期かもしれないのに、勇気を出して、踏み出した。枝が折れる音がした。
「誰だ」
「はななななんぷっ」
花火を見に来ただけです。
と、言おうとしたのにつるに引っかかった。またがっしりとした何かに支えてもらった。
「君はよく引っかかるね。花火観に来たの?」
「は、はい。約束があって」
「お友達とかな?」
「そんな感じです」
「おいおいここは私有地だぞ」
「しかも建設予定地だ」
「そ、そんなこと言ったって、ここでずっと花火観てきたも」
「も?」
「観て来たんです」
「まぁまぁ、いいじゃないか。市民との交流は大切だ」
「社長が言うなら」
「さぁ本社に戻ろう。子どもたちだけにしてあげよう。じゃぁ、帰るね」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、それにしても花火きれいだね」
「はい、とてもきれいです」
おじさん来なかったな。子どもとの約束なんて、気にしないよね。
「田中、彼氏作んないのかよー」
「そうだよ。いい歳だろ? お歳ごろだろ?」
「正直、田中ちゃんの歳で男いないなんてしんぱーい」
「いいじゃん。まだ遊ぶ方が楽しいの!」
「え、遊ぶって」
「田中ちゃんやっぱ大人!」
「くっ、田中のクセに」
別に同級生や幼馴染にいじられているわけではない。
近所の子どもと探検ごっこをしているのだ。
田中ちゃんは遊んであげていると思っているし、子どもは遊んでやってるし、田中ちゃんについて行ったら森で遊べると思っている。
両者の策略の合意を基にしてこの探検ごっこは成り立っている。
ただ田中ちゃんも子どもではない、サービスで遊んであげているわけではないのだ。
彼氏作らないのかと聞いた男の子はオサム、彼は売店の息子である。ソフトクリームがただで食べられると田中ちゃんは思っている。
歳を言った男の子はシュン、教師一家の子どもである。教師になりたい田中ちゃんは顔を売っておけば、将来に役立つと思っている。そんなことはあり得ないのだが田中ちゃんの計算には入っていない。
最後の女の子はトモ、彼女は近所のおばちゃんの姪っ子である。実はオサムが好きだ。しかしそれを田中ちゃんは知らない。おばちゃんにゴリゴリ君を貰えそうだから遊んであげているのだ。おばちゃんはたまにアイスをくれるが、これとは一切関係がない。
森にやってきたわけだが、カブトムシを追いかけているうちに子どもたちとはぐれてしまった。
田中ちゃんはアホだが、責任感は強い。
ちゃんと家に帰さないとアイスが食べれないと思い、涙ながらにみんなを探した。
一方子どもたちはみんな水辺で休憩していた。
この後ダムが放流して水かさが増す、この後大雨が降って水かさが増すことはない。
森の外の田んぼの用水路だからである。
森で遊んでいるのは田中ちゃんだけである。
いつものパターンだが、田中ちゃんは学習しない。
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