第4話 終わり方は普通の恋でも突然でしょ?

 出会って四回目の冬。


 この度、アクアがお引越しをする運びとなった。


 バイト連中の間で諸説が流れた。家賃払えなくなった説が依然濃厚だ。

 しかしまぁ商店街連中と仲良くやってたのに、この展開をバイト連中は想定していなかったようだ。


 私は何となくこんなことになる気がしていた。

 ここに来て、以前よりも商店街でシャッターを上げている店も少なくなったし、更地に重機が入り出した。神路駅前にも再開発の波が来ているようである。大方、大家さんもゼネコンからのお金。下世話な話は止しておこう。


 さて問題はスタッフの仕事先だ。


 店長は東京の本社から代替え案が来ていないと言い張り、冷酷にもアクアの営業終了日と時刻だけが明確に示されていた。


 もうアクアで働けないのだろうと踏んだ労働者たちは続々と店を辞めていった。義理とか人情とかをエサにアクアを経営してきた店長の見込みの甘さたるや。



 シフトはギリギリで回っている。

 店長は三日寝てない、小河原君は三週間連続一人夜勤、私は毎日夕方勤務、もちろん野口さんもあんまり睡眠はとれてないようで、私と夕方勤務の時はこっそり寝てもらっている。



 今が十二月二週目。これが年末まで続く。



「ごめん。今日もいい?」

 目の下にひどいくまを作って、辛そうな野口さんに私はあわれみの目を向けて応えた。


「いいよ。奥で寝といて」

 後一週間。閉店の決まったアクアではクリスマスチキンやクリスマスケーキの取り扱いを今年はしなかった。


 少しでも儲けになることをしておいたらいいのにと思う反面、残り五人態勢では無理もないかと思う。

 

 今日は二十四日。クリスマスイブ。


 想い人と過ごせるクリスマスイブは幸せだった。寝てても覚めても関係ない。

 ただ想い人をクリスマスイブでさえも苦しめる原因を作った本社だか店長は死んで然るべし、店長はほぼ死んでるからアクアプロ死すべし。



「そういえばさー」


「野口さん寝てなかったの?」


「寝ちゃうとこだったよ。これクリスマスプレゼント」


「何? 箱ちっさ」


「ちっさ、って」

 柔らかい笑顔だった。いつになく真剣でご丁寧に片膝をついて、って、え?


「碧青さん。俺の一番になってください」

 開かれた箱の真ん中にはシルバーリングが収まっていた。

 え、え、え、え。


「いいのんですか?」

 つい噛んでしまった。


「はい」

 真摯な目、私はこの目が好きだった。


「だって私他にも男の人いるし」


「知ってる」

 隼人は少し笑った。


「結婚とか嫌だし」


「知ってる」

 隼人はすごく幸せそうに笑う。


「不倫相手だよ」


「うん」

 いつの間にか目の前にいる男性が『野口さん』ではなく『隼人』になっていた。


「奥さんが一番だよ」


「分かってる」

 ずっとこの気持ちにふたをしてきた。

 どれだけ身体を重ねてもどれだけ一緒の夜を過ごしても、この人は野口さん。私のものではないって思い続けてきたのに。


「しかもここバイト先」


「それは予想外だった」

 少しおどけて見せた彼を見て、想いが止まらない。


「お別れ?」

 彼は少しだまった。

 


 元々この店が無いと、無かった関係だ。始まりはどうであれ、終わる時は終わるし、その終わりが突如として現れた。それだけのことなのに、それだけのことなのに。



「お別れしたくない」

 もうなんで目が見えないのか。自分の感情が憎い。 

 隼人の顔はっきり見たいのに、好きな人の顔を見たいのに。


「俺もお別れしたくない」


「なんで今、指輪?」

 分かっていた。この関係が、この人との関係が…。でも確認すべきだった。ここで向き合わないといけない。嫌だけど、そういうものなんだ。


「ついにこの関係がバレた」

 初めていたずらっぽい顔で笑った。いたずらがバレちゃったみたいな。


「あぁ」

 なんとなくストンと落ち着いた。


「俺の責任。君はよく秘密を守ってくれた」


「なんで?」

 バレたの?


「俺、アホだから思い出ボックス作ってた」


「だからあれほど、ここに置いといてって」

 彼は今までの浮気を全て思い出ボックスというプレゼントボックスを隠れて作り、そこに思い出を全て詰め込み、詰め込めなかったもので浮気が発覚したということが多発というエピソードを知り、ボックスは作らないと誓ったのに。


「いやここに置いてたんだ」


「なら、なんで」


「奥さんがここに来て、ロッカーを開けた」

 そこまで強引だということはやはりかなり前から掴まれていた。


「今日が最後の夜なんだ」


「最後って?」


「夜逃げ同然の転居をする。明日にはこの町にいない」


「え、だってシフト」


「店長に謝っておいて」

 薄く笑い彼は拝んだ。


「ずっと渡せなかった。指のサイズも準備もしてた。店まで予約してた。全部水の泡になりかけた時にこのシフト。神様に感謝だよ。ありがとう。愛し」


「ちゃーっす。三週連続夜勤ってバイト酷使し過ぎっすよ。あれ? 向かい合ってどしたんすか?」


「お前なー」

 野口さんが額に手を当てた。


「あっ、そうそう。この前のきれいなお姉さん。あれ、野口さんの奥さんすか? なんかキャリアウーマンって感じっすね」


「あー、早く着替えて来い」


「ふふふ、三週連続夜勤となると実は仕込んでるんっすよ。じゃーん」

 着替えの間に時間稼ぎ作戦失敗。


「碧青さん上がっちゃってください。野口さんもいいっすよ。サービス出勤です。野口さんなんか連日っすから奥さんの元へ早くお帰りっす」


「恩買っといてやるよ」

 やれやれと奥に野口さんは引っ込んだ。


「あ、碧青さん。今度『ウルトラザンプ秘密のカギとロバの足』観に行きましょ! 席は取ってます」


「小河原君、それどんな映画?」


「やばいっすよ。今季最大のサスペンス映画っす。予想外の展開に驚きです! 主人公の弟が犯人なんっす」


「小河原。お前いつも逆なんだよ。ありがと世話になった」

 バックヤードから野口さんは顔を出した。


「世話? お疲れっす」


 バックヤードのカギを私は閉めた。

「さっきの続き」


「続きって?」


「いじわる」


「分かってる」


「ちゃんと最初からだよ」



「碧青さん。俺の一番になってください」

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