第3話 あの人も私もお互いの物ではない
『あの人は私のものじゃないしあの人も私のものじゃない』
これは私の信条だ。
そもそも私は「そいつ俺の女だから」と言われるのを良しとしない。
百年の恋も冷めるほどだ。
まかり間違って、そんなことを男が言えば即さよならする。
これは野口でも変わらない。多分。
最近野口と会えてない。
野口のこと好きだけど、好き好き大好きめちゃ重女じゃないから、私の死生活はちゃんと動く。
ギターの練習はするし、チェリー様の結婚相手を動物病院に見に行くし、バイトはきちんとこなす。
野口がいなくても私生活は動くと思ってたら、生活が死んでいた。
最近楽しさレベルがやや低いわけだ。
なんか店長が野口のキャリアアップの為に東京の本社に研修を受けに行かそうとし、それが流れた。
奥さんとのことで頻繁に奥さんの実家に野口が行ったりしているそうだ。
そもそもこれはすごく不思議なのだが、日本にここだけしか存在しないコンビニエンスストア・アクアが東京にどんな本社を持つのだろうか。
もしかしてアクアは何か巨大組織の末端なのか、果ては事務員一人と社長とプロデューサーだけのプロダクションが存在するのか。
アクアプロ。むーん数字がはめづらい。
そのくせLINEは熱々だ。もう奥さんにバレてしまうのではなかろうかと思うくらいに熱々だ。
いや本当に奥さんにもうバレてしまっているのではないかと思うくらいだ。
「碧青と今の奥さん選ぶなら、早く会っていた方と結婚するけど、先に碧青に会いたかった」
「奥さん好きじゃないの?」
「奥さん好きだけど、碧青への好きには敵わないくらい碧青が好き」
「あおも好き。あおも幸せ」
「なんだって碧青を幸せに出来るのは俺だけだと思ってる」
「いやでも奥さんと別れて欲しいわけじゃないから、あくまで私は二番目だし!」
「碧青を二番目なんて思ったことない! 碧青を、碧青だけを幸せにしたい。会う順番と結婚のタイミング絶対間違えた。碧青を幸せにしたい離したくない」
「あおも離れたくない!」
「でも、俺。結局碧青を幸せに出来てない……」
ここまで行きつくと、どんなにフォローしても励ましても幸せだよって言っても返事は返って来ない。
まぁ野口も激重彼氏じゃないから、ここまで来るのは稀ではある。
ウエディングドレス着たいな。とか思ったりしたことはある。
けれど、結婚願望は無い、全くない。
矛盾するかもしれないが、コスプレ的な意味で。
だから、別に野口と結婚したいわけではないのだ。そういう幸せになりたいわけではない。
ただ、二番目でもいいから、ずっとそばにいたい。限度はあるけど、野口の傍で生きていけたらチェリー様と生きていけたらきっと幸せだと思う。
今みたいに隠れてこそこそと夜の知り合いのいない街で神経使って会うのではなくて、真昼間にデートして、二人でクレープ食べて、レイトショーじゃない映画観てポップコーン食べて、花火大会で花火を見て、露店に手を繋いで巡って、浴衣とかいいかもしれない、そのまま彼の部屋で一晩も二晩も過ごして、またデートする。何の気兼ねも場所も時間も選ばず、二人で一緒にいたい。
でもあり得ない。
仕方がない。
だってこの人を選んだから。
後悔はしていない。
後悔していないから、限られた手札と時間でこの人と楽しむだけ楽しんでやる。どんな短時間でも幸せになってやる。
「碧青ちゃんだっけ? 珍しい名前だね」
「私も生島さんって人初めて見ました」
「生島さんって結構いるよ。お仕事は?」
「ショップで働いています」
嘘、は言っていない。
私は案外、寂しがり屋であることを野口から教えてもらった。
空いた心の隙間を他の男で埋めている。
毎夜、身体の関係を持っているわけではない。
たまに、この人とならいいかと思ったらだ。
だから結婚というシステムは向いていない、結婚はしたくない。
不貞なんて普通にするし、一人の人で満足なんかできない。
どんな蔑称でも好きに呼べばいい。私はこれで普通に幸せなのだ。
野口がいて、今の生活がある上に、たまに違う男とヤって、寂しさを埋め合うだけの関係。
あとくされもない関係、これくらいが丁度いい。
誰の物でもない関係。
<続>
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