第3話

「今日はわざわざ来ていただいてぇ、本当にありがとうございますぅ」

「いえ、今はお父様のこともあって、そちらも大変でしょう。またお見舞いにも行きます」

「まあ、それは父も喜びますわ。お優しいのですね……えっと」

「あ、申し遅れました。僕は川瀬カフカという者です。この度はあなたのお父様である――」

「うふ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう……ね?」

 スクエは誰に見せるわけでもなく吐く真似をしてみせた。生まれて初めて聞く姉の「うふ」なんて、普段のキャラからかけ離れた言葉を聞いてしまったなら、そのような反応を見せてしまうのも無理はない。その後ろではいつの間にかヒガキがスマートフォンを耳に当てながら小声で通話していた。

「スクエさん、少しお話ししたいことが」

 通話を終えたヒガキがスクエに耳打ちする。

「何ですか。今すごく面白……いや気色悪……貴重な光景を見ているんですが」

「それが、実は経った今お父様の傍にいる者から連絡がありまして……」

「まさか、お父さんが」

「遺言状の内容が変わりました」

「えぇ……」

 一体父は何を考えているのだろう。遺言はしっかり考えてから公表するべきだろう。

 スクエは、はぁ、と肩の重荷を口を通して体外に出すようにため息を吐いた。

「……で、遺言はどうなったんですか?まあ、私はオブザーバーに徹するつもりですが」

「では手短に……先ほどの内容に、お父様が所有する鉄道模型も相続させる、と」

 バァン!

「初めましてカフカさん私は姓を東寺名はスクエと申しますあなたのような素敵な男性に出会えて本当に幸せですわでは姉など放っておいてこれからお庭をお散歩でも」

「うげぇー!スクエ!?」

「あ!この方がフエさんがおっしゃっていた、妹さんですね?」

「はぁい、スクエと言いますぅ。よしなにお願いいたしますね」

 自らの欲には素直な、いやそれ以外をかなぐり捨てる姿が同じなのはやはり双子である。隣の部屋に取り残されたヒガキにしみじみとした思いが湧き起こった。

 幼い頃から、家の外に興味を抱いた姉に対してスクエの趣味は内向きに走った。そして父親が人生の一部を捧げたと言ってもいい鉄道模型にスクエの中にあった造形魂が呼応したのだ。最初に作りやすいゲージで線路や車両を作らせてもらい、初めて自分で買った入門ガイドを穴が開くほど読み、メーカーにこだわり始め、自ら鉄道ガレキの沼にはまっていった。そんな彼女が、父が年間百万円以上もかけて作成した巨大模型が地域に寄付されることを恨みがましく思っていることはヒガキも感じていた。そのような中で、今回の遺言状の変更である。父は売却する事も許さず、近隣の公民館に寄付するつもりであったものがそのまま懐に入るのだ。スクエが目の色を変えるどころか輝かせながらカフカに突撃したのも納得だった。

「お隣、お邪魔しまぁす。姉さんちょっと邪魔」

「ちょ、ちょっと……スクエさん」

 フエを押しのけ、カフカに密着するくらいにまで近寄るスクエ。

 ぐいぐい来るタイプには弱い男のようで、初対面の女性の猛攻を受けたカフカは目に見えてたじろいでいた。テーブルの下では手汗まみれになったハンカチを千切れんばかりに握りしめていた。

「あら、こんなところにお茶がありますね。ちょっと一杯……あぁあカフカさん、私酔っちゃったみたいですぅ」

「ええ!?でもこれってお茶ですよね……」

 もちろん酔っているというのは嘘である。そもそもお茶で酔うはずもないのだが。しかし、題名もおぼろげにしか覚えていない本に、男性を落とすテクニックが書いてあったとスクエは記憶していた。読んだときは詳細まで目を通さなかったが、たしか自身の泥酔状態と認識力の低下をアピールしながら肉体を密着させると、男性はこちらを強く意識するのだと。

 日中からお茶を飲んで「酔っている」なんて狂言染みたことを言っているが、スクエは大真面目にカフカを陥落させる気でいたのだ。まさにちぐはぐな装備で単身で城に突っ込む勇者のようである。

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