第2話

 音もなく開けられた襖の数センチの間から、フエとスクエが二段になって片目ずつ覗かせ、隣の部屋の様子をうかがう。

「パッとしない」とフエ。

「ヒョロガリですね」とスクエ。

 あまりにも失礼な物言いだが、ともかくそれらが男に対する第一印象の評価であった。確かに彼女たちの評価は女性の立場から見れば当然のものであるかもしれない。細身で特に洒落っ気を感じさせない身なりである彼は、活発やたくましいというような言葉と対極にあるような、喫茶店でコーヒーを飲みながら小説でも読んでいる姿が似合いそうな若者である。今は部屋の中央のテーブルに用意された三人分のお茶と菓子を前に座って静かにしている。

 興味がないフリをしていたが、今度はフリではない様子でボルテージが下がるフエである。元々男性に興味がそこまでなかったスクエは完全に遺産の計算に思考を移していた。

 屋敷の外でキジバトが鳴いた。

 それに呼応するように出陣しようとしたのはフエの方である。いざ戦場へ赴こうとする兵士のような勢いを出しつつ、スッと気品よく立ち上がった。

「行くの?」

「話だけしてみて、ダメだったらお父さんにそう伝えればいいでしょ。遺産全額ならともかく、五分の二とあの人でゴールインはちょっと悩みどころね……。アンタは話をする気もなさそうだし、私がさっさと行って今回の話はお終い」

「……それがいいですね。では後は姉さんにお任せします」

「はいよー」

 とても壁一枚を隔てた先にいる人物に対する礼儀を欠いた話である。

「失礼いたします」

 そこに、二人がいる部屋のもう一つの障子襖が音もなく開いた。そこにはフエやスクエよりも一回り年上の壮年の男性が控えていた。

 彼は彼女たちの父親の秘書を務めているヒガキという者である。当主のコウセイが病床に就いてからは、彼を中心とした古株たちが酒屋の切り盛りを代理で行っていた。フエたちが幼い姿の時からこの一家で働いている、二人がこの家で信頼を寄せる数少ない人物である。

「あれ、ヒガキさん。どしたの?」

「……フエさん、それにスクエさん。実はお伝えしなければいけないことが」

「まさか、お父さんが」

「……いえ。そうではなく」

「何かはっきりしませんね。ヒガキさんらしくありませんよ」

「では、率直に。お父様の遺言の内容が変わりました」

 フエとスクエの視線が機械のような速さと正確さでヒガキへ向けられる。

「……ずいぶん急ですね」

「で、内容は?」

「はぁ。それが……」

 ヒガキは目を泳がせながらひねり出すような声色で告げた。

「今隣の部屋にいる、自分が紹介した男と婚約を結んだ方に、遺産を全額継がせると――」

 ガラッ!

「遅れてごめんなさぁい私は姓を東寺名はフエというものです趣味は帳簿整理とフラワーアレンジメントそれに簿記三級の資格も持っています素敵なあなたと出会えて今幸せの絶頂です不束者ですがよろしくお願いいたしまぁす!」

「うわぁ?!」

 一息で言い切った反動か、ぷはぁ、と大きく息を吐くフエ。そしておそらく一切内容を聞き取れていないだろう例の男。

 なんてお見合いの始め方だろうか。

「……流石はフエさん」

「姉さんはお金が大好きですからねえ……」

 隣の部屋のスクエとヒガキは、フエが勢いよく開けた襖を僅かな隙間を残しながらそろりと戻し、どうなるかもわからないフエと男の様子を見守っている。とはいえ、スクエの目は大道芸のピエロを見るかのような冷ややかなものではあるが。

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