第3話 終わりの始まり

 ハイ、アサヒシステム株式会社でござい。あ、ソネザキさん! お世話になってまつ! どうですか最近、ごぶさたですね、ご挨拶にもお伺いできておらず、申し訳、申し訳、ナイナイ。息子さんはお元気ですか? おととしお伺いしたときは生意気な小僧でしたな。ははは、あれ、急いでます? 本題? はい、はい、なんでしょう、え! ええ? ええ、ええ、覚えていますとも、先週メールもらってたやつね。明日、明日にはデータご用意できるんで、いま集計してるんで、へへへ、忘れてませんよ、すべては明日、へへ。てか、これ、明日完全に揃ってないとダメすかね? 仮データが混入してても大丈夫なら明日の早い時間、そうすね、18時までにはお渡しできるんですけど。え、ダメすか。あれ、18時もダメ? 遅い? ギリ? えー、明日完全なデータが揃ってシステムテストできないとプロジェクトが破綻して会社が倒産からの一家心中まである? ま、またまた、ソネザキさんも冗談がうまい、父さんの会社が倒産〜とか言って息子さん笑わせてるんでしょ。あれれ、冗談じゃなくマジな感じですか。声が暗いですよ。咳しすぎじゃないすか。マジすか。ええ、りょ、データは完成しだい送ります、送りまーす、失礼しまーす、ガチャ。やべ、やべ。


 未着手だった。ソネザキさんから頼まれていたデータというのは、戦後六十年間で日本人が殺してきたゴキブリの統計データだ。明日までに集計だと? できるわけないじゃないか。つーかそんなデータ、どこで集めればいいんだよ。先週ソネザキさんからメールで頼まれたときは飲酒をしていたので、安請け合いして「三日で集計してご覧に入れますよ」と返信していたが、すっかり忘れていた。まる一週間すっぽかした。

 取引先のソネザキさんは、新卒でこの会社に入った時の直属の上司だったひとだ。新品のパソコンを酔っ払ってぶっ壊したり当時最大手の取引先のハゲ親父社長を金剛杵で殴ったり営業部のチンピラと組んで横領を働いたり、ヤンチャしていた僕のことをかばってくれたひとだ。さんざん迷惑をかけてきたが、若者は元気があるほうがいい、と笑って流してくれた。僕の担当していたシステムのサブモジュールに、起動した端末に保存されているエロ画像を無作為にコラージュしてLAN内に強制配布するディープ・ラーニング・ウイルスを発動するバグが含まれていたことの責任を取って降格人事に遭い、それを機にソネザキさんはアサヒシステムを退職して独立した。まぁそのバグというかウイルスは僕が遊び半分で仕込んだんだけど。もともとエンジニアとして技術を評価されていたソネザキさんとは会社として付き合いがある。そんなソネザキさんがまたもや僕のせいでピンチに遭う。一家心中だという。ソネザキさんが心中って、「曽根崎心中」って、近松じゃん。

 納品するデータ作成は諦めた。ゴキブリの数なんて数えたくない。倒産を避けるためには金があればいいんだろう。メイク・マネーするのに手っ取り早い策は……そうだ、ソネザキさんには年ごろの娘もいたはずだ。娘を売っぱらっちまおう。名前は確か、ペロ子ちゃん。食べごろの歳じゃなかったか。ついでに味見しちゃおうかな。よだれが垂れちゃった。


 それからどうなったか? つぎに語ろう。


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