第3話

「というわけで、マコトとユウキとぼくは瓦礫の国へと帰っていくのでした!」

「まだろくに観光もしてない……地図も作れてないのに……」

 ヒナタが意気揚々と帰路につくのに対し、ユウキはがっくり肩を落としながらその後に続く。僕? 元気なわけないじゃないか、げっそりだよげっそり。

 お母さんからのお願いで、瓦礫の国の長とやらに交渉しに行くことになった僕ら。今はその帰り道、城から城壁まで続く長いレンガの道を歩いているところだ。あちこちにいるこの国の人たちは物珍しそうに僕ら、というか僕を見ている。こんな長い道のど真ん中をボロボロの服を着て歩く僕……周りになんて思われてるかなんて考えたくもない。

 あのあと話が何度も脱線してすごいことになったんだけど、長くなりそうだから割愛する。要点だけまとめると、

「まあとりあえず、顔や姿どころかいるかすらわからない長さんを探して、お母さんと話をしてもらおうってことでいいのか?」

「多分」

 ユウキがそう返す。

「……でも、お母さんはなんで話がしたいなんて考えたんだろ。言い方からして、向こうはこの国のこと認知してるわけじゃないんだろ。知ってたとしても、俺とヒナタみたいに相手のことは見えないだろうし」

「さあ? 隣国同士だし仲良くなりたいなあって思ったんじゃない? ぼくは知らないけど」

 二人の会話を聞きながら、それもそうだよなぁと頷く。確かにどうして今なんだろうか。あの人のことだし、意外と「そういう気分だったから」なのかもしれない。知らないけど。

 そうこうしているうちに城壁の入り口が見えてくる。するとヒナタが、ふと口を開いた。

「あ、もしかして、あのトンネルの入り口にいる人たちの中に、長さんいるのかなぁ」

「は? 入り口?」

 その言葉に僕とユウキは目を凝らす。確かに、入り口のあたりに、隠れるようにして数人がこちらを覗き込んでいるのが見える。服の感じからして瓦礫の国の人たちだろう。そうか、向こうの人たちは、この国の人たちが見えないんだ。そうでなくても、向こうとは真逆の町並みなんだ、誰も居ないうえにとてもきれいな街に警戒しないわけがない。距離があるからか僕らには気づいていないみたいだ。僕は二人の方を見る。

「どうする? 話しかけてみる?」

「うーん、でもどうやってここを見つけたのかなぁ。トンネルはぼくたちの住んでるとこの近くにあったでしょ? 誰かが来れば気づくはずだし、第一あの人たちトンネルのこと知ってたの?」

 ヒナタの言葉に、それもそうだと頷く。ユウキは夜行性だから、近くの瓦礫を漁りに行くのは基本夜だ。対するヒナタは昼行性で、昼間にいろんなところに探索に出かける。僕は気分で変わるけど、それでも誰かが必ず起きている。何かあれば、気づかないわけがないのだ。

 聞いてみようか、と足を進めようとして、ユウキに腕を引っ張られる。

「待ってマコト、あの人たち、なんか武器みたいなの持ってないか?」

「えっ、嘘」

 もう一度目を凝らして、彼らの手のあたりを見る。きらり、と何かが太陽光を反射した。盾だろうか。反対の手には槍のようなもの。他の人も似たような何かを持っている。うわぁ怖い、とヒナタがつぶやいた。

 これで怖がっていては、もし彼らの中に長が居た場合、お母さんからのお願いを果たせなくなる。何をしようとしているのかわからないけど、同じ国の僕らならきっと攻撃はされないだろう。彼らがトンネルに少し引っ込んだのを確認して、そろそろと近づき、声をかけた。

「……あの、」

「だっ、なっ、誰だ!?」

 驚いた彼らは、振り返りざま武器を振り上げようとした。僕とヒナタは、思わずひぃ、とみっともない悲鳴を上げ、後ずさった。

「あー……俺達も瓦礫の国の住民です」

 1歩前に出たユウキは、そう言いながら両手を上げる。何かするつもりはないという意思表示。武器を振り上げかけていた彼らはそれを見て、戸惑いながらもゆっくりそれらを下ろした。

「こんなところで、そんな物騒なもの持って……何してるんですか?」

 できるだけ刺激しないよう、恐る恐る聞く。すると、武器を持った中の一人が目を見開いたのが見えた。

「君たちは知らないのか? 昔、瓦礫の国は母のいる国に一方的に襲われて、滅亡寸前にまで追い込まれたんだ!」

「彼らには何もしていないのに、ただ普通に暮らしていただけなのに!」

「だから、たまたまお前たちが壁の穴の中に消えていくのを見て、きっとあそこからならこの国にたどり着けると思って……!」

 一方的。滅亡寸前。なぜだろう、彼らが言ったその言葉が頭から離れない。知っているような気がしてならない。彼らは昔の話だと言っていた。少なくとも僕がここにいる間で戦争なんかが起こったことはない。だから知っているわけがないのだ。あれ、でも、僕は、いつからここにいた?

「でもそれ、昔の話なんでしょ? 今更そんな話持ち出してやり返しなんて、子どもみたいだなぁ」

 ヒナタが口をとがらせながら言う。煽るような言い方に、僕は背筋に嫌な汗が流れるのを感じた。そんな言い方して、もしこっちが攻撃されたらどうするんだ、思ったけど言わないようにしてたのに! 

 同じように思ったらしいユウキが、思い切りヒナタの頭を叩く。うずくまったヒナタを一瞥して、ユウキはそういえば、と口を開いた。

「この国の一番偉い人……お母さんは、話がしたいと言ってましたけど」

 するととたんに、彼らの目と眉が、思い切り釣り上がった。

「今更話だと!? どうせ今までのことを水に流してどうこうなどと言い出すんだ! どれだけの奴らが苦しんでいたか、この国の人間がわかるわけがない!」

 その言葉に、彼らは雄叫びを上げて答える。なんだかもう話は終わったというような空気に、僕らは顔を見合わせた。諦めたような表情に、僕はつぶやく。

「交渉……無理そうじゃない?」

「そうだよな……お母さんに伝えるべき、だろうけど、」

 ユウキは一度言葉を止めて、武器を掲げて今にも突撃しだしそうな彼らを見る。ここで誰かが城へ動き出せば、必ず誰かが気付くだろう。そしてついてくるはずだ、この国の王様である、お母さんを倒すために。

 どうにかして時間を稼いで、隙きをついてお母さんに会いに行かないと。でもどうすれば。考えあぐねていると、ふいに、くい、と袖を引かれた。誰かなにか思いついたのだろうかと振り返れば、

「ゆ、ユメ!?」

「しぃ、怪しまれちゃいますから」

 額に汗をにじませながら、ユメはそう言った。急いでいたのだろうか、息も上がっていた。

「お母さんへの伝達なら私に任せてください。でも、この世界を元通りにするには、マコトさんが頑張らないと」

「ちょ、どういう意味? それにユメには、たくさん聞きたいことが、」

「そんなの後でわかりますから今はいいんです。いいですか、マコトさん、ここで本当に暴動が起これば、もう直せません。きっとあなたは、もっと後悔する」

 後悔してるなら、これ以上したくないなら、ここで終わりにしないと。

 ユメは早口でそう告げると、一目散に城へ駆け出した。その背中を、僕はぼうっと見つめる。

「僕が頑張らないとって言われても……」

「マコト? なんか思いついたの?」

 僕のつぶやきにヒナタが反応した。

「ううん、でもユメが、お母さんに言ってくれるって」

「ユメちゃんいたの!?」

「さっきまでね。いつからかわかんないけど……」

「ユメ、だと?」

 ヒナタでも僕でもない声のその冷たさに、ピクリ、と僕らの肩が揺れる。恐る恐る振り返れば、ものすごい形相でこちらを見る彼らが目に入った。

「ユメはこの国の巫女の名前じゃないか! お前たち、なんでその名前……!」

 彼らの中の一人の手がこちらに伸びる。とっさにユウキが僕らの腕を引っ張った。そのまま引きずられるように走り出す。少し振り返れば、後を追うように走ってくる大群が見えた。ひいいという悲鳴を上げながら走るヒナタが叫ぶように言った。

「どうすんのこれ!」

「マコト! ユメはなにか言ってなかったのかよ!」

 いつもの無表情は消え去り、辛そうに顔をしかめたユウキが言う。僕も必死に足を動かしながら答えた。

「よくわかんないんだよ! 僕が頑張れって言われただけで!」

「俺らのほうがわかんないっての!」

 あぁもう! とユウキは頭を掻いた。それからユウキは、道の先にある曲がり角を指さした。左手にはお母さんがいる城が見えた。

「いいか、これをどうにかするには、今の俺らじゃ何も策が思いつかない。お母さんなら何か案があるかもしれない。過去のことをわかった上で話し合うつもりだったのならこうなることも予測していたはず。マコトはそれを聞いて、これをどうにかする。お前が頑張る、なんだろ」

 無表情なんかじゃない真剣な顔に、僕は思わず頷いた。

「じゃあ、俺とヒナタが右行くから」

「ええ、ぼくもなの?」

 文句言うな、という顔で、ユウキはヒナタを見た。わかってるようと肩を落としたのを見てから、ユウキは僕をじっと見た。そして曲がる直前、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、つぶやくように彼は言った。

「またあした」

 え、と聞き返すこともできず、僕は二人の背中を見送る。足音が近づいてきて、慌てて反対の道を曲がった。その先には、大きな城。

「明日って……そんなに時間かけるつもり無いんだけどなあ」

 僕はそうつぶやいて、全力で道を駆け抜ける。

 二人の方を振り返ることは、一度もなかった。

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