第4話

「お、お母さん!」

 帰りにどの道を通ってきたか覚えていてよかったと思う。迷わず城の中を駆け上がり、あの白い扉を勢いよく開いた。中にはお母さんと、困ったような顔をしたユメ。

「マコトさん、」

「あら、おかえりマコト! お話はできそうだった?」

 その言葉と、清々しいくらいの笑顔に、ぞわ、と背中が冷えたのを感じた。ユメの様子からして、お母さんは外で何が起こっているか聞いたはずだ。なのになんで、そんな笑顔で聞いてくるのだろう。息が止まりそうになって、とっさに一度深呼吸をした。

「お母さん、僕の国とお母さんの国での話はもう無理だと思う。僕の国のみんなは、武器を持って今この国に来てる。全部ユメから聞いたんだよね? なにか、仲直りする方法とか、そうじゃなくてもこれを一旦落ち着ける方法とか、考えてたりしない?」

 できるだけ落ち着いて、僕はそう言った。お母さんはニコニコしたままだ。ユメが不安げに僕を見る。

「うーん、もちろん、こうなるかなぁって考えてたよ?」

「!、ならなにか、」

「でも、私の子どもたちだから、言う事聞いてくれるかなぁって」

 何も考えてなかった! と、お母さんは言った。ひゅ、と喉の奥から変な音がした。

「今回の話し合いだって、私の言う事聞いてね〜ってお願いするためにしようと思ってたわけで。そうすれば、みんな幸せでしょう?」

 話がうまく頭にはいってこない。きっと今の僕の顔色は最悪だろう。だって、何も案がなければ、二人は、彼らを引きつけてくれたユウキとヒナタは。

 呆然と立つ僕をおいて、お母さんは笑顔で続けた。

「だって子どもは、親の言うことを聞くものですから」




 あぁ、そうだ、前もこんなことがあった。

 



 ――――僕の母さんは、とても厳しくてこだわりが強い人だ。

 ああであるべき、こうであるべき、と母の中には決まりがあって、僕と妹はいつもそれを言い聞かされてきた。当たり前のことから少し首を傾げてしまうものまで、いろいろ。小さいときこそちゃんと守ってきたけれど、少しずつ言うことを聞くのが嫌になってくる。要は反抗期。

 「子どもっぽいなぁ」と親友に言われた。「ちゃんと一回話してみればいい」ともう一人の親友に言われた。それもなんだか嫌だなあと考えていたその日の晩、とうとう母さんと喧嘩した。母さんが決めた時間を超えて、勉強もせずにゲームをしていたから。たしかにそれは僕が悪かっただろう。でも、

「子どもは親の言うことを聞くもの」

 その一言に、僕は思わずカッとなってしまったのだ。

 もう高校生だ。僕だって自分で考えて行動できる。決まりに縛られてばかりで、窮屈で。もっと僕の意見も聞いてくれたっていいじゃないか。そう言う代わりに、思い切りひどいことを言って、それで自分の部屋に逃げ込んで。気づいたときには、ここにいたんだ。だからいつから居たのかわからないしいろんなことに懐かしさを感じていたのか。なんだか、ずっと抱えていたもやもやが、すっと晴れたように感じた。




 もしこれが、たった一晩の現実逃避なら、何も言わなかったことを後悔した僕が見ているゆめなら、変えたいと願う僕に与えられた、予行練習のようなチャンスなら。




「……違う。それじゃあだめだよ、お母さん」

 僕は、しっかり前を向いて、そう言った。不思議そうに首を傾げたお母さんに、僕はまた口を開く。

「あの人たちにはあの人たちの考えがある。お母さんがあの国を思ってくれたのだってわかるよ。わかるけど、でも、言われるとおりにするだけが幸せじゃないよ。」

 一度口を閉じる。驚いたような顔をした母さんに、僕は笑顔を向けた。

「あの国は、自分の考えでだって頑張れるよ。だからお願い、あの国の人たちの話も、聞いてあげて」

 そう言いながら、言いたい相手が違うだろう、思わず自分にそうツッコんだ。今までそんなこと言われたことがないんだろう、お母さんは泣きそうな顔で僕から目をそらした。それと同時に、どん、体がよろける。ユメが飛びついてきたのだ。妹によく似た彼女に、いろいろありがとう、とつぶやく。

「よかったです、マコトさんが、頑張ってくれて」

 そうくぐもった声が聞こえて、思わず僕は笑い声を上げた。現実でも妹は僕をたくさん助けてくれていた。ゆめの中でさえ頼ってしまうなんて少し恥ずかしい。起きたら彼女にもお礼を言おう。きっと驚かれるだろうけど。

 突然、城中でアラーム音が響いた。扉が開いて、最初にここまで僕を連れてきたおっさんがはいってくる。下で突然物や壁が壊れている、原因はわからない。そう言う声が聞こえた気がした。音がぼんやりとしか聞こえない。目の前もだんだん白くなってきた。きっと起きる時間なんだろう。

「起きるよ、僕。母さんと話をしないと」

 おっさんの話に目を泳がせていたお母さんにそう声をかけた。彼女はちらりとこっちを見て、ふい、と向こうを向いてしまう。そんな仕草も母さんそっくりだ。僕のゆめなんだから当たり前なんだろうけど。

 もしこの夢に続きがあったら、お母さんとあの国の人たちは仲直りができるだろうか。僕の話を聞いてくれたお母さんならきっと大丈夫だろう。そう思いながら、僕はゆめから覚めていく。



「お兄ちゃん、おはよう」

 意識が浮上するそのとき、ほんの一瞬だけど、夢が笑うのが見えた。





「――――っ、母さん!」

 勢いよく階段を駆け下り、リビングのドアを開ける。食卓には美味しそうなご飯が並んでいて、夢が幸せそうにそれらを食べていた。時間は六時半。あと30分もすれば、佑樹と日向が、一緒に学校に行こうとインターホンを鳴らすだろう。

「あ、お兄ちゃんおはよー」

「何、朝からうるさいよ、真琴」

 夢に続いてそう言いながら、キッチンから顔を覗かせたのは、母さんだ。

 母さんは僕の顔を見て、一瞬キョトンとしてから心配そうな顔を浮かべた。

「どうしたの、そんな顔して。怖い夢でも見た?」

「違う、えっと、僕……!」

 僕は一瞬口を閉じた。あのゆめが背中を押す。怪訝そうな顔をした母さんに、今度こそ口を開いて。







こうして、僕の夢は、もう一つの僕の話は、終わりを迎えた。

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