第2話
「この先が、母のいる国です」
「トンネル抜けたら母のいる国だってよ」
「あー、妙にきれいな建物がいっぱい建ってるとこ?」
「きれいなの?」
「多分」
「多分だって」
「……ねえマコト」
眉をひそめながらユウキが口を開く。
「ほんとにそこに女の子いるんだよな……?」
「いるけど」
そう答えれば、ユウキはため息をつきながら肩を落とす。まあまあとその肩をたたくのはヒナタだ。
「もう信じるしかなくない? マコトは運動不足でぼくらについてきてない、となるとトンネルの先にきれいな街が広がってるなんて知らないはずじゃない?」
「お前らトンネルの先まで行ってたのかよ……」
「嘘かもしれない」
「マコトに限ってそれはないよ。マコトだし」
「無視かよ」
失礼だな……と顔をしかめる。隣でくすくす笑うユメは、どうやらユウキたちのことを信じてくれたらしい。ユメの国には、城壁の向こうにはそういう存在がいるかもしれないというような文献があるようだ。瓦礫の国にあるのよりずっと面白そうな本があるみたいじゃないか。なんとか見れないか後で頼み込んでみよう。
と、眩しさに目を細めながらゆっくりトンネルを抜ける。
その先には。
「うっ……わ」
思わず息を呑む。
最初に見えたのは奥まで続くレンガの道。その先には洋風なお城がそびえ立ち、道の両端には真っ白な建物が並んでいた。どれも本でしか見たことないような形のものばかりだ。道のいろんなところで噴水が吹き上がっていて、その近くでユメのような白い服を着た人たちが楽しげに話をしている。まるで物語の中に入り込んだようだ。楽園。天国。そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えていった。
まあしかし、こんな真っ白な世界にぼろぼろな格好をした僕らが浮かないわけがなく。
「おい、そこの餓鬼! どこからきた!」
「うえっ!? なんで僕だけえ!?」
意識がぐいっと現実に引き戻される。首を掴まれ足が宙に浮いて、視界の隅に立派なひげをはやした男の姿が見えた。
「んなボロ切れ着て、まさか神のいる国の!?」
「神? はあ!?」
じたばた暴れていると、足元の方からユウキたちの声がした。
「ちょっと何急に浮いてるのマコト、幻覚の次は魔法?」
「ユウキ、こういうときだけ現実見るのやめよう?」
「お前、何と話してるんだ?」
男のその言葉に、僕ははっとする。
僕らの国の人はユメの国の人が見えない。逆も同じ。
じゃあ僕は、なんでどちらも見えてるんだ?
「とにかく! お前にはお母様のところに来てもらおう!」
「えっ誰?」
その問いは華麗に無視される。男は僕を持ち直し、それから姿勢を正した。
「ユメ様、何もされてはいないでしょうか」
(ユメ、様?)
あっけにとられている僕から目をそらし、消え入りそうな声で、はい、とユメが答える。何も見えていないユウキたちは、浮いた僕を見ているだけだ。
「さあ、行くぞ」
「へ、あ、ちょ、ユメ!?」
どこいくの!?とユウキたちが慌てる横で、ユメは顔をそむけたまま。僕は知らないおっさんの脇に抱えられているしかなかった。
喉の奥から、ひえ、と変な音がこぼれた。
それも仕方がない。目の前には白くていろんな彫刻が施されていて、しかも重そうででかいという、いかにもこの先に王様がいますといった扉があるのだから。
背中をさっきのおっさんに蹴られて、しぶしぶ立ち上がる。すると、扉がひとりでに開いた。後ろを見れば、入れと顎で中を指すおっさん。
はあ、と息を吐き、諦めて中に一歩入る。
と。
「まあああああああことおおおおおお!!」
思いっきり体当たりをかまされた。全然知らない女の人に。ハグ付きで。
「ぐえっ」
「どこも怪我はしていない? 痛いところは? 苦しかったりしない!?」
「あの、この姿勢が苦しい……」
「あっ」
ぱっと女の人が手を離す。空気が一気に肺に入り、思わず咳き込みつつ目の前の人を見る。
やっぱり白い洋服だ。他の人達より、レースといっただろうか、ひらひらしたものがたくさんついている。髪も長い。そしてなんだか、見覚えがあって。
「ごめんなさいね急に……私のことはどうか、お母さんと呼んで?」
「おかあ、さん? えっと、なんで僕の名前……」
「それは当たり前よ。この国に足を踏み入れたものはみんな私の子ども。子どもの名前がわからないなんて、母親失格でしょう?」
「は、はあ」
彼女は両手を広げてそう語る。思わず後ずさりながらとりあえず相槌をうち、さりげなく周りを見回す。
やはり白で統一された家具、その中でもひときわ豪華なのは中央に置かれた椅子だ。玉座というやつだろうか。そしてその横にはボロボロの服を着た……。
「……って、ユウキ? ヒナタ!?」
「お前もされてたな、体当たり……」
真顔で手を振るユウキ。特に何もされていないようだ。隣のヒナタはげっそりしてるけど。
「ん? も?」
「おう」
「ぼくらもされた」
ユウキの相槌に続いて日向がそうつぶやく。されたということは、
「私にはちゃんと二人も見えるのよ。子どもたちには見えないようだけどね」
「は、はあ」
「その話もしたくてね、ヒナタとユウキにもここまで来てもらったの」
お母さんが立ち上がり僕を見下ろすその光景にどこか既視感をいだきながら、僕も立ち上がる。彼女はそのまま玉座に腰掛け、さっきまでとは違う真剣な表情で僕らを見た。ユウキたちも僕の横に移動してきて、お母さんと僕ら三人が向かい合う形になる。
さて、とお母さんが口を開いた。
「マコトたちは、この国と城壁の向こうの国で何が違うか、知ってる?」
「……瓦礫だらけかきれいかだけじゃないんですか」
ユウキの答えに、彼女は首を振る。
「それは大した違いじゃないのよ。一番の違いは、母を信じているか、神様を信じているか」
「神様?」
「神様、というか、自分、というか、強者、というか?」
足を組み換え、人差し指を立てる。
「力そのものを信じているのが神様のいる国、愛とかそういうものを信じているのがこの国ってことね」
「でもぼくら、力も神様も知らないけど?」
「だから、あなた達はここまで来られたのよ」
「はあ」
中立的というか、そうじゃないとダメらしいのよ、と彼女は言う。どうやらそこらへんはよくわからないらしい。じゃあじゃあ、とヒナタが手を上げた。
「ぼくとユウキには、ユメちゃんやこの国の人が見えないのはなんで?」
「お互いがお互いを嫌っているから、かなあ」
「見ず知らずの人なんて嫌いにもなれないと思いますけど」
お母さんの回答に、ユウキがボソリとつぶやいた。
「……そうだ、僕とお母さんはどちらも見えるのはどうして?」
僕はそう聞きながら彼女を見やる。彼女は困ったように微笑みながら、
「それも、あんまりよくわかってないのよね。今この世界で誰でも見ることができるのは私とマコトと、あとユメもそうね」
「ユメも? でも彼女、見えないって……」
「あら? 見えてるはずだけど」
不思議そうに首を傾げる。ユメは、なんでわざわざ嘘をついたのだろうか。見えるなら見えると、そう言っても問題なんてないはずだ。それに最後に見たあの表情、どうしてそんな、泣きそうな顔をしていたのか。彼女のことについても、ますます謎は深まるばかりだ。
ふむ、と考え込んだ僕に、お母さんはこう続けた。
「まあ、そのうちユメが話してくれるわよね。それは置いておいて、マコトにお願いがあるの」
「……お願い」
何故か頬が引きつった。嫌な予感に後ずされば、ヒナタがそれを阻止してくる。顔を見やれば、彼は黒い微笑みを浮かべていた。お前今までもわかってて振り回してたな。ヒク、と口の端が動いた。それらをいつもどおりスルーして、ヒナタはお母さんに言う。
「何でもしますってマコト言ってます! 何でもどうぞ!」
「お前ほんと最低!」
「まあほんと? さすが私の子どもね!」
「こっちもだめだった!」
もう笑ってしまうほどコンビネーションの取れた会話に、僕はがっくり肩を落として、逃げることを諦めた。この人たちとの会話は、なぜだか懐かしいような、温かいような感じがする。ほんの少しだけ寂しいような気持ちも混ざって、不思議だ。
首を傾げていると、ユウキがこほんと咳払いをした。続きをどうぞ、という目でお母さんを見ている。彼女は慌てたように居住まいをただし、えっとね、と話しだした。
「実はね、あなた達の国の長と、お話がしたくて、マコトにはその仲介人になってほしいの」
「……ちゅう、かいにん、」
にこにこと続けるお母さんに、僕は話を聞いてしまった後悔と諦めとがないまぜになったような、大きなため息をついた。
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