第1話

「なんで先に走ってっちゃうかなぁ……」

 暗い通路に僕の声が響く。息の音まで響くもんだからなんとも不気味だ。

 なぜ僕がこんな薄暗いトンネルで一人寂しく歩いているのかというと、話は数時間前に遡る。

 たしかそう、いいだしっぺはユウキだ。

「……瓦礫の山で地図見つけた」

 片手でゴーグルを抑えた彼が真顔のままで見せてきたその紙は、どうやら昔のこのあたりの地図らしかった。

 興味深げに覗き込んだ僕とヒナタに、ユウキが地図を指しながら言う。

「……この家沿いにある海岸の先に……トンネルがあるらしいんだ……」

「トンネル」

 何気なく復唱する。確かに地図の端に、長い壁のようなトンネルが描かれていた。うなずきながら、ユウキは続ける。

「……そしてその先の地図はない……」

「……嫌な予感してきたぞぅ」

 どことなくウキウキしているユウキの言葉に、隣のヒナタが目を輝かせたような気がして、僕は思わずそうつぶやいた。そろそろと逃げ出そうとした僕の腕と、地図を持つユウキの手を掴み、ヒナタが楽しげに叫ぶ。

「ユウキ、マコト! 僕らでトンネルの先の地図を作ろう!」

「ほらこうなる!」

 たまらず頭を抱えた。こうなったらもう、この二人はダメだ。

 表情筋の死んでるユウキだけど、こう見えて好奇心旺盛だし、ヒナタはヒナタで一度やると決めたら止まらない。たった一人でそんな二人の暴走を止められるはずもなく、散々な目にあった回数なんてだいぶ前に数えるのを諦めた。

 そんなわけで、いつもどおり引きずられた僕だけど、今回はさらに置いてきぼりなんてのを食らったわけで。暗いトンネルの中を何も恐れずぴゃーっと駆けていってしまう彼らにはもう呆れを通り越して尊敬を抱きそうだ。

 先で二人を見つけられることを祈りつつ、ふらふらと出口を目指す。

 頼むからせめて片方くらい帰ってきてくれ。そう考えていた矢先、前からぱたぱたとこちらに駆けてくる音が響いてきた。足音の数からして一人だろうけど、いったいどっちなんだか。向こうもはぐれてしまったのだろうか。足を止め、僕は口を開く。

「ったく、はぐれて戻ってくるくらいなら最初から走ってくなって……あれ、」

 目の前から駆けてきたのは、見慣れたゴーグルと真顔でも、くせっ毛とそばかすでもなく、

「……誰……?」

 丈の長い真っ白な服を着た、同い年くらいの少女だった。



 僕が出会った女の子、名前をユメというらしい。どこかで聞いたような名前だと思ったが、僕はユウキたち以外の人とは全く会わないので、気のせいと割り切ることにする。洋服も髪もきれいで、明らかに僕らの住んでいる地域には合わない。あんな瓦礫の山の中にいて、こんなにきれいなままでいられるはずがないのだ。

 どうやら目的地はトンネルの先と同じらしいから、歩きながら話すことにする。

「君、瓦礫の国に住んでる……はずないよね。どこで暮らしてるの?」

「私ですか?  えっと、母のいる国ですが……瓦礫の国って、つまり城壁の先の、神様のいる国のこと、ですよね」

「そうだけど……城壁?  このトンネルが?」

「はい、お母さんがそう言ってましたから」

「へぇ……ところで、母のいる国って、何?」

「……それは、」

 ユメが足を止める。つられて僕も歩くのを止めたとき、また前方から足音が響いてきた。

「おーいマーコトーー!」

「生きてるかー」

 足音と共に聞こえたのはユウキとヒナタの声。ため息をつきつつ、僕も声を張り上げる。

「置いてっといてひどくないですかー」

「えっと、マコトさん?」

「ああ、一緒に住んでるやつらだよ。変なのだけど別になんかしてきたりはしないよ」

「そうじゃなくて、」

 不安げなユメの手を引いて声がした方に近づく。次第に、暗闇にぼんやり輪郭が浮かび上がってくる。見慣れた影が、こちらに向かって手を振るのが見えた。

「マコトー、勝手にいなくなんないでよー。びっくりするじゃん」

「いなくなったのはお前らだろ…」

「本ばっか読んでるから追いつけないんだろ……」

「うぐっ」

「ま、マコトさん」

 ユウキの正論に反論できないでいると、くい、と袖を惹かれ、ユメの存在を思い出す。不安げ、というよりどこか怯えているようにヒナタたちを見る彼女。そりゃあいきなり男が何人も現れたのだ、びっくりするし怯えもするだろう。

「ごめんごめん、えっと、左のそばかす野郎がヒナタ、右のゴーグルがユウキっていうんだ。んで二人とも、この子、ユメっていうらしくて……」

「ちょちょちょ、待って」

「?」

 顔を向ければ、幽霊でも見ているかのような表情でこちらを見る二人、隣にも同じ表情をした少女。

「な、何?」

「ねえ、マコト」

「あの、マコトさん」


「何と話してんの?」

「誰とお話してるんですか?」


「……は、」


僕の口から、気の抜けたような音が溢れた。

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