鬼さんこちら、手のなる方へ

自分が荒々しく息をする音が聞こえる。

綺麗に町を彩っていた積もった雪を無惨にも踏み壊していく音も、周りの騒がしい音も。

・・・・あれ。


「聞こえない。」


夢中で走っていて気が付かなかったが、さっきから人っ子一人見ていない。

これもあの人の粋な計らいだろうか?

ますます楽しくなってくる。

ああ、何だろうこの感じ。

昔、それも遥か昔に無くしたこの感じ。

狂ってる?

そうかもね。でも、


「うふふふ・・・楽しい。」


今このときが楽しくて仕方がない。




その余韻を邪魔しに来た人が一人。


「そろそろ降参してくれない?」

「嫌です。」


満面の笑みでそう返す。

この時間を崩したくはない。

終わらせたくない。

そう心から思うのです。

サンタさんも心なしか楽しそう?


「嫌って言われてもねー。」


後ろから物音がして玄関の前にいた人がツリーの影から出てくる。

いつの間にか腕も捕まれてた。

あらあら、これって絶体絶命だったり?


「その状況でどうするつもり?」

「どうした方がいいですか?」

「んー、僕たちとしては捕まって欲しいんだけど、今捕まってもいいことないと思うな、きっと。」

「え、何でです?」

「君があの場から離れた時点で"逃亡した"と見なされて、一回こっちに来てもらわなくちゃならなくなった。まあ、当然だよね。」

「へぇ、後もう一つ捕まる前に質問したいんですけど。」

「何?見逃してくださいって言うのは無しね。」

「この人に腕掴まれてから身動き取れないし、この空間は一体?」

「あれ、一個じゃなかったの?まぁいいや。ここはね、君が望んだ世界。身動き取れないのは君が何かしらの重圧を感じてるから。そこのサンタ、名前をユールね。君、サンタは一人ずつ奇跡を起こせる事は知ってる?ユールの場合は『具現』。自分や相手の感じてる事や思ってることを実体化することが出来る。便利な能力でしょ?」

「ノエル、喋りすぎだ。」

「はいはい、御免ねー。でも、この子をあっちに連れていかなきゃだし、どうせ話さなきゃならない。それがここだっただけの話でしょ?それに」

「あの、お二人さん。貴方方は、捕まる前提で話してますが私、捕まる気、更々無いんですよね。」

「え、今更何言ってんの?もう逃げ場なんか」

「あー、サンタさんだ!」


突然上がった声に二人は声のする方向に顔を向けた。

そこには小さい男の子と。


「何だよ・・・これ。」


クリスマスを楽しむカップルや家族の姿が。

子供が囃し立てている声を聞いて、すみませんとその子供を回収し終わった所で、余裕綽々だった顔が一変苛立ちと焦りを含んだ顔に。


「これは・・・どう言うことかな?」

「どうもこうも貴方がさっき言ってたじゃないですか、"自分や相手の感じてる事や思ってることを実体化することが出来る。便利な能力"ってと言うことは当然思ってることがここ一体家族やカップルが溢れかえってる事を想像すれば当然この世界が書き変わる。単純じゃないですか?それとも、この事に私が気付かないとでも?」

「はぁ、だから喋りすぎだって言っただろ。お前、馬鹿なのか?いや、馬鹿だったな。すまんすまん。」

「うわーすっごい腹立つんだけど。・・・まあ、やっちゃったことは仕方無いよね。でも、この状況は変わらないんだよ。」

「お話は纏まった見たいですね。それでは!」

「え、一寸、どうやって!」


ユールさんの手が緩んだ隙に自由になった私をノエルさんが再度腕を掴もうとしたがこれまた綺麗にすり抜ける。

良かったー、ついでに一時的にすり抜ける物もやっといて。

笑顔で人混みをすり抜ける。

あの人達も追い掛けてくるが人混みが邪魔で波に流されている。


走りながらもやもやした感情が混入している事について少し考えてみた。

一人で居るときはなにも違和感は無かった。

けど、ユールさんに腕を掴まれた時、少しだけほんの少しむず痒さが襲ってきたんだ。

何だろう、この違和感。

気持ち悪いな。

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