体育祭は魔法

「久瀬、何出るの?」

 スポーツには自信がある。特に体育祭の主要競技のひとつであるバスケ。父親が好きだった影響で小学校のときからクラブチームに入り、中学でもバスケ部だったのだ。バスケ部員はみんな明るくてクラスでも中心にいるタイプだったので、そういうのが苦手だった俺は馴染めなかった。しかし、そのおかげというべきか、他にすることもないのでひたすら練習に励んだので実力はついたのである。疲れたので部活としてはもういいと思ったが、たまにやるぶんには良い。体育祭は俺にとって活躍の場だ。

「……お前と違うやつ」

 良いところを見せようと意気込む俺とは目も合わせずにそう答える。

「ええ……俺バスケ出たいんだけど、久瀬もどうかなって」

「絶対嫌だ。お前がバスケなら俺はそれ以外」

 あまりにはっきりと拒否されたので、少し悲しい気持ちになる。一緒に出るのが嫌なら、せめて見にきてほしい。普段の生活でそれといった見どころのない俺だが、バスケならきっと「おお、あいつすごいじゃん」くらいの評価がもらえる働きができるはずなのだ。

「じゃあ出るのは別のでも、見にくるだけでいいから、ね、バスケ」

 まあそれなら、という感じで頷いてくれる。

 久瀬はバスケ以外ならなんでも、と希望したらしく、人数が足りなかったソフトボールになった。久瀬のも見に行くから、と言おうとした瞬間、先に口を開かれる。

「俺のこと絶対見にくるなよ」

 ソフトは一日目、バスケは二日目なのでちょうどいいと思ったらこれだ。なんでと聞いても教えてくれない。しつこく聞いていたら、「お前が見にくるならバスケ行かない」と言われてしまい、それでは本末転倒なのでしぶしぶ行かないと約束した。


 衣替えがあり、男子が涼しげなワイシャツに変わった。そして、苦しい考査を終えた。あまり思い出したくない。あっという間に体育祭がきた。絶対やめろ、と言われるとやりたくなるのが人間の性だ。俺はこっそり久瀬のソフトボールを見にいく。見にいって、来るなと言っていた意味がわかった。

「まさか久瀬があんなに運動できないとは……」

「え、なんで当然のように見にきてるの、最悪」

 ソフトボールの試合が終わった直後に話しかけた。うんざりしたように言う久瀬の顔を見ようと覗きこむと、反対側に背けられる。そのまま繰り返してくるくる回っていると、なんだか笑えてきた。

「ほんっとにひどかった、鮮やかな三振と取れないボール」

 思い出しながら笑っていると、恥ずかしさと不機嫌さが混じったような声で久瀬が怒る。

「約束破ったからバスケ行かない」

 すっかり忘れていた。明日のバスケで俺は久瀬に良いところを見せようと思っていたんだった。久瀬は、見に行く代わりに自分の競技は見に来るなと言っていたのに。

「ご、ごめんって! 調子乗った……」

 手を合わせて謝ると、久瀬はため息をついた。

「いいよもう。行くから。だから体育祭とか嫌いなんだよ……」

 どうやら、運動が全くできないから体育祭が嫌いらしい。しかもどうやらそれだけではないらしく、久瀬はそのあとも「だいたいにして人が散々触って地面に落ちたボール触るとか嫌だしハイタッチとか本当にやめてほしいし」とつぶやいている。潔癖症なのかと聞くと、「少しだけね」と答えられた。

「あ、ねえ去年は何出たの?」

 そう尋ねてみると久瀬は、休んだ、と拗ねたように言った。

「俺が出た方が迷惑だから休んだ。今年もそのつもりだった」

 早足で進む久瀬を追いながら聞く。それならどうして出る気になったのか、と。

「二宮が見にきてって言ったんじゃん」

 え、と驚いて久瀬を見ると、お前と約束をしてしまったから休めなかったんだという目線を送ってくる。俺が見にきてと言ったから、休むほど嫌だった体育祭に来たのか。馬鹿正直というべきか、良いやつというべきか。俺はつい笑ってしまった。

「バスケ明日なんだから、明日だけ来てもよかったのに」

「……あ」

 久瀬は盲点をつかれた、というような顔をした。どうも思いつかなかったようだ。いつも無表情で冷静沈着なイメージのある久瀬のそんな顔を見るのは悪くなくて、意外と抜けているところもあるんだなと思った。なんだか良いと、かわいいと、そんなふうに感じて俺はついついにやけてしまいながら歩く。

 そして満を持して二日目のバスケがやってきた。俺は宣言通り活躍して、他のメンバーもなかなか上手い人が揃っていたのもあり、準決勝まで進んだ。瞬も健人も雅也も見にきていて、「まさか雄大があんなにできるとか思わなかった」と褒めてくれたので嬉しい。ただ肝心の久瀬はどこにいるかわからず、試合中にきょろきょろしていたら顔面にボールを食らった。痛かった。

 見にきてくれなかったのかもしれない、昨日約束を破ってしまったから。準決勝で三年生に負けてしまい、そんなことを思いながら体育館から出ていこうとしたとき、俺を呼び止める声がした。

 久瀬だ。体育館の四方にあるドアのひとつから、人混みの後ろで静かに見ていたらしい。俺はクラスの応援が集まっているステージばかり見ていたから気がつかなかったのだろう。

「なんか思ったより上手くてびっくりしたよ。すごいね、大活躍じゃん」

 シンプルでストレートな褒め言葉。俺は嬉しくて自然と笑顔になった。

「おつかれさま。かっこよかったよ」

 久瀬が少しだけ笑ったので、俺は驚いて、ああ、この人を撮りたいなと、そう思った。人間を撮りたいと思う日がくるなんて思いもしなかったので、それにも驚く。久瀬といると、驚くことばかりだった。

「ありがとう。ねえ、翔太って呼んでいい?」

 久瀬は少し目を見開いて、「勝手にして」とつぶやいた。

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