慈悲と音

 酷い有様だ。

 右手に持った刀から鞘の滑り落ちる音を聞きながら鳶丸は思った。

 獣臭さと血の匂い。

 唸り声か呻きか。

 狼程もある体。脚は一本が折れているのか引きずられている。牙は欠け、銀灰の体毛は血に汚れていた。今もなお肉を抉られた傷口から血液が止めどなく流れ血だまりを作る。特徴的な二対の目はそのうち三つが潰されていた。

 鳶丸の所業ではない。

 彼は須らく一刀の下に伏す。

 狗の魔物は逃げるそぶりがない。

 逃げる気力も、戦意もない。

 人より遥かに強い生命力を持つ魔物ではあるが、その魔物がもはや死を待つのみというのは明白だった。

 何をせずともやがて息絶える。

 一陣。

 風が吹いた。

 ごとりと重い音と共に狗の首が落ちる。

 遅れて頭を失った狗の身体が土埃を巻き上げて倒れ伏した。

 静かだった。

 唐突に。

静寂を破り、空気が割れたような音が夜の空に響いた。

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