幼妹

 速い。

 風を起こし、瞬く間に鳶丸の姿は見えなくなった。

 あまり話せなかった。

 そのまま何を見るわけでもなく鴉太郎は街を見下ろした。動くものは少ない。風に吹かれて舞う木の葉を追って、目線を下に向けた。

「栄吉さぁあん!」

 鴉太郎は下で待機しているはずの栄吉に向かって声を張り上げた。

 下に小さく見える栄吉がこちらに向かって手を振る。

「栄吉さん! 綾が! あや、妹! あっち! あっちに!」

 そんな事を口走りながら鴉太郎は梯子を慌てて降りた。その方向を指さしたせいで危うく足を踏み外すところだった。

「え? 綾ちゃん? 危なっ、え、わ、ホントだ」

 ひょこひょことこちらに走ってきた綾は受け止めようと腰をかがめた栄吉を素通りし、丁度今しがた地に足を付けた鴉太郎に抱き着いた。

「えー」

 栄吉の声が悲しげだった。

「綾、夕方に寝たから起きちゃったのか」

 綾は暫く頭を鴉太郎の腹の辺りに擦り付けていたが不意に顔を上げた。

「おいてった!」

「ごめん綾。でもよく寝てたし、危ないし」

「おいてった! にぃがあやのことおいてった! ゔぁぁああ!」

 ついに綾は大粒の涙を流して泣きだした。綾を宥めるようにその頭を優しく撫でていた鴉太郎は、そういえば両親が死んでから妹がこうも大声を上げて泣くことは少なくなったとぼんやり思った。

「綾ちゃん一人でここまで来たの? すごいけど、危ないなぁ。無事で良かったよ」

 立ち直ったらしい栄吉が後頭部を掻きながら近づいてきた。

「綾ちゃん来ちゃったし、帰るしかないか。おれらじゃもう何も手伝えないしねぇ」

「でも、鳶丸さん・・・・・・」

「あいつには伝言残しとけばいいよ」

「でも・・・・・・」

「大丈夫大丈夫、あいつだっておれのことよく置き去りにするし。おれ、こういう時の為に墨と筆持ち歩いてんだよねー」

 そう言って懐か栄吉が取り出した墨と筆が、決してこういう時の為でないことを鴉太郎は知っている。

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