日の下の鳶


 眩しい日の光が顔を照らして、鴉太郎は目を覚ました。

「う・・・・・・?」

 布団の中だ。柔らかで上等な分厚い布団。横を見ると、口から涎を垂らして気持ちよさげに眠る綾の顔があった。

 未だ寝ぼけた頭で暫くその顔を眺めてからゆっくりと体を起こす。鳶丸と目が合い、鴉太郎はそのままの姿勢で三寸ほど浮いた。

「どっどっど」

 奇怪な音を口から零しながら、鴉太郎は覚醒しつつあった頭で記憶を辿った。

そうだ。そうだった。ここ、栄吉さんの屋敷だ。

 脈打つ心臓を宥めながら、鴉太郎はやっと昨夜の顛末を思い起こした。

 鳶丸の方を伺ってみると、鴉太郎の奇行に一切の反応を示さず彼は虚空を見つめていた。髪がうなじあたりに結び直されている。改めて間近で相対すると、その異様さ、昼と夜のずれをより強く感じる。夜に垣間見た鋭さや強靭さは消え失せ、ただただ虚無感だけを漂わせている。

 そう言えばと思い当たることには、鴉太郎に自分から布団に入った覚えはない。

 鴉太郎が胸騒ぎを感じたのと同じように栄吉と鳶丸も昨夜の魔物の件について違和感を覚えていたらしく、大人二人はあれこれと議論を交わしていたところまでは覚えている。その後の記憶がない。もしや、知らず知らずのうちに眠り込んでしまったのか。布団は部屋に一式しか敷かれていない。まさか、一枚しかない布団を自分と綾で占領してしまっていたのでは。この部屋の主を押しのけて。

 鴉太郎の血の気が引いた。

「綾っ、綾起きてっ。起きて起きて、起きなさい綾っ」

 すぺぺぺぺ。

高速で手を動かして綾を起こす。なかなか起きない。

「うー・・・・・・」

「うーじゃない、うーじゃないよ綾っ。起きてぇ」

 その時、スッパァーンという音がして廊下側の障子が開かれた。

「おっはよー! よく眠れた?」

 朝だと言うのにやたら元気な栄吉だった。手に盆を持っている。

「栄吉さん・・・・・・。すみません、おれたち鳶丸さんの布団使ってしまって」

「え、布団? 気にしなくていいよ。あいつどうせ敷いてやっても畳で寝るし。冷たい布団が不憫でさぁ。それよりお腹空いてない? 朝ご飯持ってきたよ」

 呆気らかんと言う栄吉に鴉太郎は呆けた。

「い、いや、そこまでしてもらう訳には」

「えー。遠慮しなくていいよぉ。食べ盛りだろ? ちゃんと食べないと」

栄吉は鴉太郎と鳶丸の横に腰を下ろし、盆を畳の上に置いた。

「にぃ・・・・・・」

 朝餉の匂いに釣られて綾が布団から這い出る。起こしても起きなかったのにと鴉太郎は内心ため息を吐いた。

「綾ちゃんおはよー。お腹空いてる?」

「やっ!」

 綾が鴉太郎の背中に隠れた。

「こらっ、綾っ。失礼だろ。すみません・・・・・・」

「いやいや、気にしてないよ、気にしてない・・・・・・。ホラオムスビヲオタベ」

 明らかに気にしている様子の栄吉の申し出を断る訳にもいかず、鴉太郎はおむすびを一つ手に取った。一口齧ってみると絶妙な塩加減と固さのそれは涙が出そうになる位美味しかった。空腹に染みわたるようだ。綾の方も両手で一つ掴んで頬張っている。

「お前も食べろよ。朝飯抜きは体に悪いぞ」

 栄吉が鳶丸におむすびを勧めたが、鳶丸は首を振って断っていた。

喋らないな、この人。

 夜は話していたので喋れない訳ではないようだが、昼の彼は自主性に欠けるというか、全てにおいて消極的だ。全然動かない。

 傷ついた心を切り離したと言っていた。今の彼の姿が深い傷を負った、傷ついた心の姿なのだろうか。弱々しい。まるで消え入りそうな霞のようだ。

「ちゃんとたべないと、だめ」

 不意に幼い声が鳶丸へと投げかけられた。綾だ。

「はい、どうぞ」

 そう、満面の笑みで綾はおむすびを鳶丸へと差し出した。

「・・・・・・」

「綾、無理強いしちゃ駄目だよ」

 無言で綾とおむすびを眺めたまま固まってしまった鳶丸を見かねて、鴉太郎が綾を宥めた時だった。意外にも鳶丸は大人しく綾からおむすびを受け取ると小さく一口齧りゆっくりと咀嚼し嚥下した。

「おいしい?」

 小首を傾げそう訊いた綾に対し、鳶丸はやはり最小の動きで肯定の意を示した。

「むふー!」

 綾は自慢げに鼻息を荒くした。

「おーまーえー、おれの時は見向きもしなかったくせにー」

 栄吉が半目で鳶丸を睨む。

 鳶丸がそっぽを向いた

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