第3話
今回の戦はドラウグル大帝国の北東に存在する小国家、サントマリノ公国の攻略である。
ゲームの重要な登場人物であるヒロインの叔母でありロンゴミアド公王妃がいる、ドラウグル大帝国に滅ぼされることになる国、ロンゴミアド公国の同盟国だ。
ロンゴミアド公国はこのサントマリノ公国との戦争に同盟を理由として参戦し、まとめて2カ国とも大帝国に踏み潰されて滅亡することになる。
実際のところ、サントマリノ公国とロンゴミアド公国の国力を合わせたところで、大陸の覇権国家たるドラウグル大帝国とは圧倒的な差がある。
それこそ1方面軍だけでも雑魚国家、もとい小国家であるサントマリノ公国程度なら余裕で征服できるし、海軍の北方艦隊と中央から八個師団程度の増援を受ければさらにロンゴミアド公国軍も粉砕しこちらも征服できるくらいはある。その国力差、流石は覇権国家である。
ヒロインのいるアウラシュニカ王国はこれら二つの公国よりもさらに大規模な大帝国と大陸を二分すると言われる国家だが、さすがにドラウグル大帝国と比べた場合にはその軍事力は一段劣る。
正面から大帝国に一国で対抗できる力を持つ国など、大陸には存在しないのである。
……そう考えると、ヒロインはそんな国によく勝てたよなと思う。私だったら無理です。
父上より今回の先鋒を賜って、まずは初戦を無事勝利したわけだが。
……すごい簡単だった。つまらないくらいに。
今回の初戦となる戦は私の率いる大帝国軍の先鋒1万対サントマリノ公国軍1万という同規模の軍同士の戦いだったのだが、公国軍は8割方が昨日今日に鍬を剣に持ち替えた徴収兵の上に、将も戦慣れしていないらしく軍の指揮も作戦も随分と稚拙なもので勝負にならなかった。
おかげで、半日もかからずに勝ってしまった。絵に描いたような圧勝で、である。
大帝国軍の司令官を父に持つ英才教育という名の死んで当たり前・生きているのがむしろ奇跡なスパルタ教育を受けて前世の感覚マヒしたせいか、戦争に対する忌避感がだいぶ薄れてきているのではないだろうか。
いくら仕事モードとはいえ、戦場に「つまらない」なんて感想浮かぶのはさすがに感覚おかしくなっているでしょ。
疲労と、つまらないという感想と、そんな感想を抱く自分に対する複雑な感情が合わさったため息をこぼす。
隣で馬を歩かせている側近が、そんな溜息を零した私に声をかけてきた。
「浮かぬ表情ですね。まさに絵に描いたような大勝をなした将の顔とは思えませんな」
……言うね。
いや、まあ。確かにいくら弱小とはいえ圧勝だったのだ。兵士たちの士気は上がっているし、私以外は浮かれた明るい顔をしているものがほとんどである。
うわ……父上が見たら「気を引き締めろ!勝って当たり前の敵に勝利したていどで浮かれるなど、恥を知れ!」と怒鳴りつけそうだ。
息子の私に対しては、多分問答無用で殴る。下手したら切り掛かる。
勝って当たり前の戦なのだから、もっと規律をひきしめよ将ならばという感じで。
「絵に描いたような大勝……聞こえはいいが、相手が弱すぎだ。戦果というのもおこがましい」
「はっはっ、さすがは元帥のご子息だ」
私の答えを聞いた側近は、笑顔でそんな事を言った。
顔は笑っているが、厳しすぎる父親を持つ子供に対する哀れみのような感情が混じっている言い草である。
実際そうなのだろうけど、あんたに同情される理由はねえよ。
先鋒の役目は露払いである。
サントマリノ公国は今回の戦で自国の防衛線を破壊されている。都市群を制圧して公都に至るまでにおそらくロンゴミアド公国の援軍を受けてもう一戦仕掛けてくるだろうが、そこまでだろう。それ以上抵抗する力はないと目されている。
なので先鋒の役目はあと一戦の露払いを行えば、実質的に完了する。
都市や村落の制圧は方面軍に任せて、先鋒はこのまま公都まで出来る限り進軍し、立ちふさがる敵を野戦で壊滅させるのが仕事だ。
アウラシュニカ王国はもちろん、ロンゴミアド公国と比べても弱小国であるサントマリノ公国は、国土も小さいし人口もさして多くない。
このまま公都まで進軍し、包囲すれば直ぐにでも終わるだろう。
侵略者なので完全にこっちが悪役だけど、この世界は残念ながら戦国乱世。弱国は滅びるのが筋であり、大陸統一を目指す大帝国は全てを飲み込むまで侵略戦争を止めるつもりはない。
亡国の運命を恨むというなら、最初の降伏勧告を突っぱねた自分たちの選択を恨んでくれ。
……なんて考えるあたり、私も相当この国に毒されていると感じるこの頃である。
側近がいるので本心を表情の下に隠しながら無表情でいると、方面軍からの伝令と思われる兵士が馬をかけてきた。
「新たな指令ですか」
「そのようだ。我らは公都までの露払いが仕事、占領は任せて先に進めということだろう」
側近の言葉に、司令官としての言葉を返す。
しかし、そのわかりきった命令を届けてきたという割には、伝令の様子はやけに慌ただしいものだった。
「……様子がおかしい」
嫌な予感がする。
そして、その嫌な予感は的中していた。
伝令から届けられたのは新たな書簡が二通り。一つは方面軍からの命令書で、もう一つはこの先鋒に向けた方面軍ではなく、我が今世の父上こと大帝国軍元帥が率いる陸軍参謀本部からの書簡だった。
方面軍はともかく、帝都の陸軍参謀本部から最前線に直接書簡が来ることなどほとんどないはず。
逆に言えば、参謀本部がそのようなことをする何かが起こったということでもある。
内容は、まず方面軍のもの関しては予定通り都市や村々はの攻略は方面軍に任せ、先鋒は公都に直進して迎撃に出てくる公国軍を随時撃破し公都への道を確保せよとのこと。これは当初の予定通りの命令だ。
問題は参謀本部から来た二つめのものである。
それを開いたとき、私は仕事モード中であったにもかかわらず思わず目を見開いてしまう内容が記されていた。
「っ!?」
「将軍?」
つまらないと主張していたのが一転、血相を変えた私の表情に何かを感じたのか、側近が声をかける。
だが、私にその返事をする余裕はなかった。
本営から送られてきた書簡。
そこには、ロンゴミアド公国・パルゲニア王国・ディスディネア王国・東方都市国家バチェノピア・シグニア王国・サントマリノ公国・ローリタニア王国・アウラシュニカ王国がドラウグル大帝国に対し大帝国包囲網を宣言、宣戦布告をしてきたという内容であった。
「嘘、だろ……!?」
プライベートモードならともかく、仕事モードの私は基本的に仮面を被っているようなものなので感情を表層に出すことは滅多にない。
だが、本営からのこの書簡はその仮面が破れ驚愕という感情が表に出てしまう内容のものだった。
強大な国を相手に複数の国が盟約を結んで立ち向かう『連合軍』という事態は、大陸の戦乱の歴史においては何度かある。
中でも『包囲網』と呼ばれる連合軍とは、その一国を相手に周辺国が取り囲むように同時に宣戦布告をして複数の戦線を作り連携するという連合のやり方だ。強国といえど多方面に戦線を抱えるのは多大な負担となるため効果的であり、覇権国家たるドラウグル大帝国に対してもこの包囲網は過去幾度となく行われてきた。
だが、今回は規模が違う。
大帝国包囲網。
アウラシュニカ王国を盟主とするこの宣言は、簡単に言えばドラウグル大帝国以外の大陸に残る全ての国が同盟を結び、共通の敵であるドラウグル大帝国に対して連合を組んで宣戦を布告してきたということである。
「しょ、将軍? 一体何が……」
「見るな!」
「はっ!申し訳ありません!」
普段滅多に見せない驚愕の表情を浮かべた私の反応から何か重大な事態が発生したのではないかと考えたらしい側近が書簡を覗き込もうとしたので、即座に止めた。
情報はどこから漏洩するかわからない。
側近といえど、この重大な事態を知られるわけにはいかなかった。
仕事モードの頭は、驚きつつもこの大帝国包囲網の宣言が与える影響をすぐに考える。
ドラウグル大帝国は大陸の覇権国家である。アウラシュニカ王国が相手でも単独どころか2、3カ国まとめて戦っても勝利できるほどの圧倒的な国力と軍事力を持つ。
だが、ドラウグル大帝国は大陸の覇者ではあるが、絶対的な覇者というわけではない。
残る他の国々全てが手を結ぶと、その国力差は覆される。物量においては連合軍が大帝国を上回るのだ。
そしてもう1つ問題がある。
もともと大帝国は多方面で戦争をしている。戦線が増えることは問題ではない。
しかし、他の国は違う。食うか食われるかの戦国時代、大帝国の侵略が最大の脅威であるが、他の国とも隙を見せずに渡り合っているので常に背中を守る方面にも力を割かれているのだ。
……だが、仮に大帝国という共通の敵を倒すためにすべての国々が手を結んだとしたら?
他の国から攻撃される恐れがないため、すべての軍事力を大帝国との戦争につぎ込むことができるようになるのだ。
その国が持つ今まで隠されていた地力が完全に発揮される。
それは戦争の長期化に伴い連合軍に比べ物量に劣る大帝国の疲弊を招き、大陸の覇権国家を瓦解につなげる可能性の見える大きな一手となる。
そして大帝国は常に多数の戦線を抱えることとなり、横の連携が取れなくなる。
守勢に回らざるおえないだろうが、確実にどの戦線においても慢性的な兵力不足に陥ることとなるだろう。
兵力の不足は長期化に伴いより大きなものとなっていく。
やがては戦線の崩壊が始まり、その敗報が伝播するごとに士気が低迷し壊滅的な被害を受けることとなる。
「不味いな……」
これほどの大規模な連合軍など、大陸の長い歴史でも初めてだ。
大帝国以外の全ての国をまとめるという外交的な勝利を得たこの連合軍は、大帝国を本気で滅亡させることも可能な力を持っている。
長期化は大帝国にとって圧倒的不利だが、だからと言って短期決戦を仕掛けようにも多数の戦線を抱えることとなる大帝国に多くの戦力を一箇所に集めることはできない。
少なくとも、定石通りの戦線防衛では確実に負ける。
書簡には直ちにサントマリノ公国の攻略を中止し、帝都へ戻れという厳命がされていた。
2つの命令を受けることとなった場合、最高司令部である元帥、つまり父からの命令が優先されることとなる。サントマリノ公国攻略は中止となるだろう。
方面軍にこの事態は知らせていないのだろうか?
……ふと、方面軍のくるだろう方向を見ると軍が後退していく気配が見えた。
サントマリノ公国の攻略は放棄。おそらく、方面軍にもこの命令と情報がもたらされたのだろう。
その上で公都への進軍命令。
おそらく、方面軍はこの先鋒をサントマリノ公国の軍勢に当ててその隙に撤退する腹積もりなのだろう。故に敵地に孤立させる、つまり餌にするための命令を齎した。
ここは即座に撤退するべきだ。
方面軍を見捨てたところで、情報を隠匿し先に捨て石にしようとしているのは彼らの方である。元帥からの撤退命令も受け取っているし、それで逆に公国軍に背中へ噛み付かれたとしても文句は言えまい。
だが、この先の戦いにおいて無駄に損耗できる兵力は、大帝国にはなくなるだろう。
方面軍の本隊は4万。あれはこの小国の戦線で損耗するには大きすぎる数だ。
大帝国陸軍元帥のスパルタ教育で鍛えられたシャングロの将軍としての脳が、現状とるべき選択を書簡の情報から組み上げていく。
おそらく、元帥である父上は連合軍の迎撃の作戦を立てているはず。帝都への撤退命令を最前線にまで送ったということは、連合軍の足並みが揃う前に弱国から蹴散らして敵の攻め手を削る逆侵攻ではなく、国内にあえて連合軍をおびき寄せてまとめて迎撃する国防の一大決戦を仕掛けようとしているのだろう。
もしくは、すでに連合軍が大規模な攻勢をしかけ防衛線に穴が空いたため、逆侵攻を仕掛けられず防衛戦に切り替えたのか。
……この大規模な包囲網を作り上げた人物がいるだろう連合軍である。こちらに反撃の隙など与えるはずもないだろう。おそらく、後者。逆侵攻ができなかったから防衛戦に切り替えた。
そしてその一大決戦に向けた精鋭軍を全戦線からかき集めるために、必要な部隊に本営からの伝令を送ったと推測。
さて、そうなると一大決戦に向けた防衛戦の構想だが。
第一段階。戦線による国境防衛戦は無駄に戦力を損耗し連合軍の有利な長期戦を踏むだけ。今までの国防の防衛線はすべて撤廃し、新たに書き直してあると思われる。
第二段階。防衛線を撤廃したならば、戦力差を作る前に温存するため、早々に戦力は拠点か国の内側に引き込むだろう。
まず近隣の城塞都市に兵力を抱え込み、線の防衛網ではなく点の防御拠点を作り上げることにより連合軍を帝都まで『素通り』させる。
防衛戦ならばともかく、城塞に立てこもる敵を攻略するには時間がかかる。その上近隣の兵力を抱え込んだ都市ならば、包囲し長期戦で攻略する必要がある。
味方同士とはいえ、ここまで大規模な連合軍となるとその信頼関係は薄い。他の連合軍に遅れをとりたくない軍は、帝都への道が素通りできなおかつ拠点に兵力がある程度引き込まれているならば帝都への進軍を急ぐはずだろう。
もしも大帝国を滅ぼすつもりで起こした連合軍ならば、点の孤立したしかも兵力を抱えた城塞の攻略などよりも、素通り道があるならばと帝都を目指すはず。
これにより戦力の損耗を抑え、かつ侵攻してくる連合軍をこちらの想定する防衛拠点で迎撃できる。
第三段階。ドラウグル大帝国帝都防衛戦。
大帝国の都である『ザンクトバトルブルク』は南を除いた四方を峻険な山々、海洋、そして大河に囲まれた天然の要害に守られ、なおかつ200年の歳月をかけて拡大と改装を繰り返してきた巨大都市である。
ただし、南に広大な丘陵と平原地帯が広がっており、そこに複数の大規模な街道も通っている。天然の要害を避けて通るとなれば、連合軍はこの帝都の南で一度集結するだろう。
そして、大帝国軍も来る一大決戦を行うためにこの南に集結することとなる。
そして、海と陸を舞台に帝都を攻めようとする連合軍と、近づかせまいとする大帝国軍が激突することとなる。
……その結末は、私には予測できない。
だが、帝都南部の野戦にしろ帝都防衛戦にしろ、4万の兵力は確実に必要となる。
……そして、この父上が帰還命令を出した戦力もだ。
そこまで予想できれば、やるべきことが見えてくる。
書簡の覗き見を阻止した側近に、この軍の副司令官を呼ぶように命令する。
「ホロスロフ、フィンガーを呼んでこい。状況が変わった」
「直ちに!」
私の様子にただならぬ事態の発生を察したのだろう。
側近、ホロスロフは書簡の中身を気にするよりも命令を実行することが最善とすぐに判断し、副将である父上の軍から派遣されている軍官のフィンガーを呼びに行った。
おそらく、ロンゴミアド公国の援軍を得たサントマリノ公国軍がくる。
最悪、ロンゴミアド公国が指揮をとり、2カ国連合軍がこの先鋒1万と方面軍4万を潰すために侵攻してくるだろう。
サントマリノ公国軍は1万……いや、大帝国以外のすべてが味方となったこの現状、戦力はかき集められるはず。となれば、1万5千はくる。
ロンゴミアド公国軍は2万は動員可能のはず。
来る決戦のために、3万5千もの敵軍から、5万の味方を逃がすための足止めが必要となる。
なるべくこの非常事態からくる混乱を避けるために、私は信頼できる2人にのみ状況と今後の作戦を伝えるために招集した。
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