リッペルの戦い

第1話

 曇天の下、広大な荒野を舞台に2つの国の軍勢が対峙している。

 両軍ともにその兵力は万に上り、荒野を埋めつくさんばかりに多数の軍旗を掲げていた。


 曇天の荒野に広がる戦場。

 果たして、これを乙女ゲームの舞台などと誰が言えようか。


 都市1つの人口に匹敵する大軍同士が殺し合いを演じることになるという緊張感と重圧に、兵士の誰もが息をのむ中。

 片方の軍勢の先頭にて、自身の相棒である雷纏う二頭立の人及ばぬ力を有する特別な生命体、雷蹄獣が引くチャリオットを駆る将軍は、そんな場違いな感想を思い浮かべていた。


 将軍は、大陸において最大版図を有する超大国「ドラウグル大帝国」において陸軍を統べる存在である陸軍元帥の次男であり後継者である青年。

 名を「シャングロ・ドル・ファイゼナッハ」という。


 大帝国の軍事の未来を担うこの人物。

 実を言うと、とあるゲームの登場人物なのである。


 戦争などという恋愛シミュレーションを主体とする乙女ゲームとは無縁の存在にその生涯を置きながら、その乙女ゲームのラスボスとして登場することになる異色の存在である。


 ……なぜそんなことを知っているのかって?

 その答えは簡単だ。


 シャングロは戦争アクション要素がある異質なその乙女ゲームの存在を知っており、この世界がその舞台であることを承知しているからだ。


 ……簡単に言うと、シャングロには前世の記憶がある。

 こことは全く異なる世界の、日本という戦場とは無縁の平和な国で生きてきた、前世の記憶が。


 前世で妹がそのゲームの虜になっており、その攻略に散々付き合わされた記憶によると。

 それに出てくるゲームの舞台となった王国の隣国で、最終的に女王となるヒロイン(主人公)の最後の敵として描かれるキャラがシャングロだ。


 HAHAHA!

 もはや脇役でもモブでもねえ。確かにラスボスという相応に高い地位にあるキャラだが、本編には乙女ゲームに出るキャラが持つ要素を一切持っていない、それこそヒロインとほぼほぼ無関係な人生を歩むキャラである。


 贅沢言わないからさ……悪役ならせめて悪役令嬢とかじゃねえの?と何度思ったことか。いや、TSは勘弁してほしいけど。


「ハァ……」


 思わずため息がこぼれた。


 確かに、このゲームはタイトルが「ドギマギドンパチドキドキラブラブ学園物語」などというアホらしいタイトルのゲームだよ。ドンパチなんてレベルでは収まらないだろうに。戦略パートなんて乙女ゲームに不要な要素が組み込まれている謎ゲーよ。


 しかし、だ。

 なぜよりにもよって乙女ゲーの世界なのにドンパチ要素しかないキャラにしたのだろうか。

 シャングロって攻略対象でもおかしくない美形の持ち主ではあるけど、その人生と言ったら戦争戦争戦争の連続に彩られた、大陸の覇権国家を目指すドラウグル大帝国の将軍である。

 ピンク色なんて程遠い、灰色ですらない、むしろ血の色しかない人生を歩むキャラです。

 少なくとも乙女ゲーには似合わない存在だ。そのくせ顔だけは乙女ゲーの登場人物らしく、無駄に美形だ。


 いやしかしである。

 乙女ゲームならさ、もっとこう……イチャラブ要素に恵まれたキャラにするべきじゃねえの!?


 この今世17年の人生において、何度わが身を呪ったものか。

 トホホ……ハァ。


 乙女ゲームと同じ世界とはいえ、これは1つの世界として成り立っている。舞台となる大帝国の隣国「アウラシュニカ王国」の花あり恋ありの学園以外の場所でも、こうして物語は紡がれているのが証拠。


 学園で繰り広げられる乙女ゲームの世界だとしても、ここはゲームではなく登場人物たちだけでなくこの世界のすべての人々がその人生を歩む1つの現実だ。

 花満開のイラストが描かれる場面もあれば、曇天に大地を血で染めたこんな場面もある。だって少なくとも我々にとってはゲームではなく現実だ。


 そういうもんだよなぁ……と今では心の中で愚痴こぼすくらいに慣れてしまった。


 今日も今日とて、今世の父上となったドラウグル大帝国陸軍元帥の指揮のもと、先鋒隊を率いる将軍として一番槍の栄誉を賜り勝利を大帝国に持ち帰る仕事をする。要するに戦争だ。

 たとえ戦争でも、仕事だから成功させるために全力を尽くしますけど。


 前世は恵まれた人生を謳歌した。

 妹には多少学生時代に振り回されたもののエリート街道に上手く乗ることに成功し、会社では出世し、社長のご令嬢と結婚できて子宝にも恵まれて、花ある人生だった。


 一方、今世は灰色通り越して血の色人生。

 前世の記憶なんて蘇らなきゃよかったと思ったことも一度や二度ではない。


 それでも今世の祖国の繁栄に尽力する義務のある立場として生まれた以上はやるしかないわけで。


 ……これも仕事と割り切る。

 プライベートモードはオフにして、「シャングロ」としての顔に戻り、剣を掲げ手綱を握りしめた。

 仕事と私情を分けるのは得意なのでね。仕事というなら結婚相手すら自分の望みを捨てましたとも。


 当然、戦場に立つことも命を投げ出すことも仕事と割り切ればこなせます。これは自分の中で一種の特技みたいなもんですから。


 さて、今日も仕事しますかねとな。


「陸軍元帥デュルカン・イハイル・ファイゼナッハが第二子息、シャングロ・ドル・ファイゼナッハより、大帝国の戦士たちに命じる!」


 声が荒野に響き渡る。

 すべての大帝国の戦士たちが、将軍であるシャングロの声に耳を傾ける。


「我らが祖国たるドラウグル大帝国は、大陸に比肩なき超大国であり、広大なる全世界を統べる事となる覇権国家だ! その躍進を、覇道を、栄華を示す! その剣こそ大帝国陸軍であり、その切っ先が1番槍の栄誉を授かる我らだ!」


 今世のこの役目も、慣れた。

 前世の記憶は戦場には必要ない。将軍モードの時には必要ない。

 一歩間違えれば、死ぬ。その重圧は、前世の記憶など一時消し去る。


 この号令をかけた時より、私は私を2つの人生の記憶を持つ人間ではなく、ドラウグル大帝国陸軍元帥の次男であり後継者の将軍「シャングロ」になります。


「覇権国家たる大帝国の陸軍の力を示す時だ! 兵達よ、ここに命じる! 足を止めるな!手を止めるな!剣を止めるな!戦いを止めるな!血を流すことをためらうな!命を捨てることを恐れるな!眼前の敵を蹴散らし、潰し、徹底的に破壊せよ!我らが祖国の大帝国が勝利するその時まで!」


 突撃の号令。

 また、乙女ゲームの世界で戦争が始まる。


「先鋒、突撃するぞ!我に続け!」


 手綱を振り下ろし、相棒たちに疾走の命令を出す。


 その背を追うように、それまでの静寂を吹き飛ばす雄叫びをあげてドラウグル大帝国の兵士たちが突撃を開始した。

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