第2話一度でいいから見てみたい

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清野達は尻紙家の大広間に案内され、既にそこには尻紙スケキヨ、尻紙キテレツが席に付いていた。清野達も言われるがまま席に付く。各々の目の前には料理のお膳が置いてあった。


「なんで一列なんだろう?」


初めてこの席に付いた者なら間違いなく感じる違和感。それはまるで将軍様を称えるように上座に席が設けられ、その他の者は皆一列に並べられていたからだ。かといって向かい合わせに座るでもなく、ただ一列の席ができあがっていた。


「これは尻紙家の古くからの風習みたいなもので…。まだ集まって居ない方もいるみたいですが…、まぁ気にせず皆さん召し上がって下さい。」


丸竹は料理に箸を付け始め、皆もそれに合わせ食べ始めようとしていた。


その時だ


「あっ、あいつ!やっぱり悪い奴だ!」


既に料理を完食し、オカワリを要求していたルミ子が尻紙キテレツを指差し言い放った。

というのも、先程までルミ子と一悶着していた尻紙キテレツは座布団を三枚重ね座っており、隣のスケキヨには座布団が一枚も無かったからだ。


「あれは一種の嫌がらせだな!」


ルミ子はふつふつと燃えあがっていた。


「いや、ルミ子さん心配しないで下さい。今日は自信作だってスケキヨさん言ってましたから。後少しすればきっと座布団の件は解決しますよ…。」


丸竹はそのように言ったのだが、皆その意味がよくわからず首を傾げていた。すると上座のあるあたりのふすまが開き、そこから、よぼよぼの男が現れた。

彼がこの尻紙一族の長、丸竹助介であった。


「どれ、早速始めるかい。」


助介は開口一番そう話した。するとスケキヨは手を上げこう言った。


「一度でいいから見てみたい、金八、生徒と熱いキス。」


少しの沈黙の後、助介はこう言った。


「ヤナダ君、スケキヨさんに座布団一枚やって!」


こうしてスケキヨは無事、座布団を獲得したのであった。


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事情がわからない一同は口を開けたまま止まっている。

しばらくすると辺りは暗くなっていて、千留実が待機している離れにいつの間にか明かりがついてた。

障子には千留実が座っている影が移り、蝋燭の光だろうか少し揺れていた。


「おや、明かりがつきましたねぇ…」


一同がいる部屋の襖が静かに開き、きちんと着物を着こなした女性が現れ一礼した。


「清野さん、こちらは僕の叔母にあたります。尻紙初音(はつね)さんです。」


丸竹が立ち上がり初音の横に立った。


「お初にお目にかかります。」


そう言うと再び一礼した。それに習い清野逹も一礼する。


「丸竹さん、京子さん見なかったかしら。」

「いえ、てっきり台所にいるものだと思ってましたが…。」

「そう、おかしいわね…。」


初音は首をかしげながら、困り顔をしていた。それを見かねて清野は


「丸竹君、京子さんというのは?」

「清野さん逹に、まだ紹介していませんでしたね。彼女は高玉京子(たかたまきょうこ)と言いまして、尻紙家のお手伝いさんなんです。丁度メイさんや千留実さんと同じくらいの歳なので話も合うと思いますよ。」


丸竹はそう言うと


「すいません、ちょっと探して来ます。初音さんは皆さんのお相手してもらえませんか?」

「ごめんなさい、薫子(かおるこ)さんが着付けのお手伝いしなくてはいけないの。薫子さんはヨシタケさんの御母様ですのよ。」


初音はクスリと笑った。


「ヨシタケさんそこに立っていないで、皆様とお話したら?」


初音の後ろには、不機嫌そうに立っている男がいた。初音はそう言うと一礼して部屋を出て行ってしまった。男は罰が悪そうに頭をかきながら


「花婿候補はスケキヨだけじゃないんだからね!」


それだけ言うと、部屋に入らず行ってしまった。


「ツンデレだ…」


ルミコがぼつりと呟いた。


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「清野さん、この家の人逹って大丈夫なんですか?千留実ちゃん本当にいいんでしょうか?」


メイは心配そうに明かりがついている離れを見ていた。


「ん~」


清野も半ば呆れて、答えに困っていた。


「なんですか~、この空気は!腐ったミカンの方程式!」


突然スケキヨが怒鳴りちらし


「やっぱり、ゴルフより今はTwitterだよね~。」


キテレツは携帯を取り出し、何やら打ち始めた。それを見ていたルミコが携帯を叩き割り、皆の座布団を独り占めして助介に賞品をよこせと言っている。


「はぁ~、今回は事件らしい事件も起きないから御家騒動で終わりかな~。」


清野は深いため息をついた。


「清野さん…」


メイが清野の服の裾を引っ張りながら何か合図をしていた。


「メイちゃん、どうしたんだい?」

「あれ、おかしくないですか?」

メイが指差す方向には、千留実の影が揺れているのが見える。その明かりは薄暗くぼんやりと影を映し出していた。


「清野さん!千留実ちゃんの首!」


ゆらゆらと揺れている影は人の形をしていたが、明らかに頭部がなく揺れていた。


「まさか!」

「皆さん!千留実ちゃんが!」


清野とメイはそう言うと離れに向かって走り出した。


狭い離れには鍵は掛かってなく、扉は簡単に開くことができた。部屋は薄暗く、短くなって今にも消えそうな蝋燭の光が指す部屋の中央に人影が見える。


「千留実ちゃん!」


メイが声をかけた。しかし、返って来る言葉は無い。そこには結婚式の衣装を身にまとい、きちんと正座をしてこちらを向いている首がない千留実の遺体があった。


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「タカ!被害者はどこだい?」


現場に現れたサングラスの男は、拳銃を構え、辺りをやたら警戒しながら駆け付けきた。

現場に到着した警官。彼の名はこの島の駐在、虻内恭平(あぶないきょうへい)であった。すぐ拳銃を取り出す癖から、島の住人からは危ない刑事と呼ばれている。


「虻内さん!こっちです!千留実ちゃんが…。」


ウェディングドレスを身にまとった首無しの死体。純白のドレスはおびただしい血で赤く染められていた。


一同が驚愕する中、清野は現場を丹念に調べ始めていた。


「おい君、勝手に現場を荒らさないでもらえるかなぁ?」


優しい口調で虻内刑事が拳銃を構えた。


「虻内さん。清野さんは有名な探偵さんなんです。」

「丸竹の坊っちゃんが言うなら…。えっ?もしかしてあの

【将軍様その虎は絵なので捕まえる事なんか出来ませんよ、まったく…殺人事件】

を解決したあの有名な…」


「まぁまぁ、そんな事より刑事さん。千留実さんの親族の方に連絡を取って頂けますか?」


清野がそう言った途端、現場には不穏な空気が流れ、尻紙家の人々は何故か皆、表情をひきつらせ互いに顔を見合わせていた。

そこへ…


「誰もおらんよ。皆こいつらに焼かれてしもうたんじゃ。」


突如、茂みの奥から紙芝居の老人、玉手箱否吉が現れた。


「これで明星家は誰もいなくなりました。めでたしめでたし。」


そう言うと玉手箱は茂みの奥へ姿をくらませていった。


< 11 >

全員の沈黙を破るかの様に


「やっぱり、起こってしまったんですね。脅迫状の通りだ。」


丸竹は叫び、頭を抱え座り込んでしまった。


「どうなってるんですか!生徒達は腐ったミカンじゃないんです!教えて下さい!」


スケキヨはゴムで出来た白いマスクを、無理やり脱ごうとしていたが伸びすぎて脱げずにいた。


「やっぱり総選挙は1位は大島か前田だな!」


ルミ子とキテレツは


「私はバースが1位だね」

「そんな子いたかな~、チェックし忘れてたなぁ。何かインパクトがあった子かなぁ~?」

「甲子園でHR、打っただろ!」

「HR?そうだ!新しいイベントに違いない!」


話が噛み合わない様で噛み合っていた。


「う~ん‥‥」

「どうしました、清野さん?」


清野が部屋を見渡して考え込んでいる。


「さっきの話からすれば、千留実さんが殺害されるのはおかしいよね。」

「そうですね、千留実ちゃんが恨んでいるのは尻紙家の人々ですから‥‥」


メイは力なく、そう答えるのが精一杯だった。


「それにこの蝋燭、さっき部屋を照らしていたのに短いんだ。」


「探偵さん、火がついたままだったかもしれませんなぁ」


初音が二人の後ろに立っていた。初音の顔は蝋燭の光で、妖艶に照らし出されている様に見えた。


そこに!


「恭平!現場はここかい?」


部屋に現れたサングラスの男は、やたらカッコつけて入って来た。

彼の名はこの島の駐在、虻内貴(あぶないたか)であった。つまり、虻内恭平の兄で、こちらも島の住人からは危ない刑事と呼ばれている。


「貴!待ってたぜ!」

「ママのチェリーパイを食べてたら遅くなっちまった!」

「欧米さ!」


虻内恭平が虻内貴に鋭い突っ込みを入れた。その後、直ぐ二人は銃を構えて決めポーズをしてしばらく動かずにいた。


< 12 >

「ふん!泥棒ねずみに裁きが下されたのよ!」


そう言い放ったのはヨシタケの母、薫子であった。


「薫子叔母さん!いくら何でも、死んでしまった人にそんな事言うなんて、あんまりじゃないですか!」


丸竹は今にも飛びかかろうとする勢いで薫子をにらめつけた。


「ママになんかしたらこの僕が許さないからね!」


そして息子のヨシタケは両手を広げ丸竹の前に立ちはだかっていた。


「マザコンだ…、ツンデレでマザコンとは…。」

ルミ子はボソッと呟いた。


グイグイ


「あれ?京子ちゃんがいないですなぁ。丸竹君、一緒だったんじゃ…なかったのかい?」


キテレツはスケキヨのマスクをグイグイ引っ張りながら問いかけた。


「おいキテレツさんよー。もっと優しく引っ張ってくれよ―」


グイグイ


「お手伝いさんの事ですよね?」

そう言った清野もスケキヨのマスクを脱がす手伝いをしていた。


「そういえば見当たらないですね?こんな騒ぎなのに…」


グイグイ


「タカ!そいつが犯人だぜ!行方を眩ませてるなんてどう考えても怪しいぜ!」

「それにしても脱げないな。恭平!チャカ使うか?」


虻内ブラザーズもマスク取りに参加していた。


そして満を持してルミ子も参加し…



「あんた良かったわね。みんなに礼しなよ。」


ルミ子はスケキヨの肩をポンと叩いた。


「ありがとう3Bの諸君!でもみんなの顔がより見えなくなったのは気のせいかな?それとも涙のせいなのかなぁ。」


結局の所、皆、めんどくさくなったようで…


スケキヨの顔のマスクはいちだんとのびのびになり、スライムみたいな顔になっていた。

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