23 象のいるアウトレット

「いらっしゃいませー!」

「限定配布のエコバッグです!」


 午前10時、陽光煌めく春の関東に新しいアウトレットがオープンした。


「入りは順調ですね」

「ああ、初日の売り上げ目標は達成出来そうだ」


 女性秘書の言葉に機嫌良く笑ったのは、ごま塩頭で肥満体質の社長だ。

 ようやくだ。

 ようやくこのアウトレットをオープンさせられた。

 120000m²もの敷地面積を誇る程巨大で、360店舗も入り屋上動物園がある。このアウトレットは莫大な富を運んでくれるだろう。


「パパちがう、象さん見にいくのーっ!」


 あちこちから子供の声が聞こえてくる。

 ここの屋上動物園には象が居る。

 高齢者や昭和好きを取り込む為、屋上に象が居た1950年の百貨店を真似た。結果それが大きな目玉になっている。


「オープンを早めた甲斐があったって物さ」


 これだけ大きな建物を作るのだから、鬱陶しい事に近隣住民に反対された。

 近隣住民を黙らせる為、様々な物が一気に値上がる前にオープンさせたのだ。値上げ前にオープンした方が広告の印象は良いし、完成し人気が出た物には簡単に文句も言えまいから。

 その分間に合わせの突貫工事になり耐震面に不安はあるが、最低限の強度はあるのでよっぽどの事が無ければ大丈夫だろう。追々補強していけば良い。よっぽどの事など早々起こらないのだから。


「社長、そろそろ会議室に戻りましょう。インタビューの時間です」

「分かった。さっさと着いて来い!」


 頷き、男は秘書に命じてアウトレットの中に戻って行く。

 その横で、区のゆるキャラ着ぐるみが子供達に風船を配っている。子供達の歓声は、青空の下良く響いた。




「はい、一番苦労したのは敷地の確保でした。では次の方どうぞ」


 フラッシュが絶えぬ会議室で、男は笑顔でインタビューに答えていく。マスコミでいっぱいの部屋に、このアウトレットの注目度の高さを感じる。


「近隣住民の方は、最初はアウトレットの建設に反対されていたのですよね? 施設が大すぎて日照権が、とか、安全面が不安、とか。それらの問題はどう解決されたのですか?」


 痛い所をストレートに聞かれ男は苦笑した。


「ええ……その問題には私達は誠実に向き合い、安全面にも最善の注意を払いました。努力の甲斐あり、このアウトレットに象が来る予定だとお話しすると一転して懐かしい、と応援してくださる方も居て――」


 誠実さを心掛けて言葉を捻り出している時。

 ドスンッ! と突然建物が揺れたのだ。


「きゃああっ!!」

「うわっ!?」


 椅子から転げ落ちたマスコミ陣から悲鳴が上がる。


「っわ!」


 立っているのが難しく、男も膝を突く。ドスドスと振動は続き、土埃が舞い視界を白く染め上げていく。


「何が起きているんだ!?」


 一体何の音だ。男は状況を理解出来ずに居た。


「しゃっ社長っ!! 大変ですっ!!」


 次の瞬間、事務室に飛び込んできたのは血相を変えた秘書だった。


「屋上の象が急に暴れ出してっ! た、建物に亀裂が入り……っ!!」

「なっ!?」


 象が暴れる――この振動はだからか。

 今日まで落ち着いていた象が何故。それに、よっぽどの事が起きてしまった。


「ど、どうしてオープン初日に……」


 こんな衝撃、間に合わせの建物で耐えられるわけがない。顔から血の気が引いていく。


「ここは倒壊の恐れがあって危険ですっ! 一先ず逃げて下さいっ! マスコミの方も早く!!」

「えっ安全なのでは!? きゃあ!!」


 秘書の悲鳴に女性記者が反応したすぐ後、ドスン! とまた建物が揺れた。天井の一部がパラパラ落ちてきて、倒壊まで時間が無いと分かる。


「きゃっ!」

「逃げろ! 何が安全だっ!!」


 火災報知器が鳴り出す中、大きな破片が落下し出入り口は逃げ惑う人で混迷を極めた。


「私の……金が…………」


 男は揺れる床の上から少しも動けなかった。体の震えが止まらない。

 終わりだ。全てバレてしまった。自分に社会的信用は残るだろうか。


「はは……は……」


 阿鼻叫喚の会議室から逃げる事も忘れ、男はただ死んだ目で笑う事しか出来なかった。


***


「逃げろーっ!」


 崩れ行く建物を背に、必死の形相を浮かべた父親が我が子を抱え走って逃げていく。

 その中に、花畑を散歩しているが如く軽やかな足取りで逃げているゆるキャラの着ぐるみがいた。

 満面の笑顔を浮かべる頭部を脱がずゆっくり逃げている着ぐるみを、気に留める者は1人としてこの地獄に居ない。


(良い気味だ)


 着ぐるみの中に居た男はニンマリと笑みを深める。

 男はこのアウトレットを建設する為、子供の時から住んでいた家を壊された。

 母親と2人で過ごした、思い出の詰まった大切な家だった。勿論アウトレット建設にも反対した。

 しかし。

 自分が製薬会社の長期海外出張に赴いたタイミングを見計らったかのように、立ち退き交渉人が高齢の母親に土地を売るよう言って来たのだ。判断力の衰えた母親は「象? 懐かしいわあ」と家を手放し、あれよあれよとゴキブリの多い老人ホームに押し込められてしまった。自分が海外から帰って来た時には、もう実家は取り壊され母の体調も急変した。


 ホテルを転々としながら、実家の事を毎日思い出した。父親が早くに死んだものの周囲に助けられながら──思い出すと、アウトレットへの憎しみは増すばかりだった。

 何が象だ。大きいアウトレットだ。どうせ金儲けしか考えていない癖に。だったらこっちもそっちの大切な物を奪ってやる!

 復讐を決めた男は、オープン初日の決行に向けて動き出した。

 風船の中に象に効くウイルスを仕込み、割れたら暴れるように仕向けた。大きいアウトレットの事、風船配りのアルバイトなんて簡単に潜り込めた。間に合わせの建造物は思った通り、暴れる象の重みに耐えられない。

 風に乗ったウイルスはどれだけ証拠を残すだろう。死亡者もきっと出て、ガバガバの建物を作りを起こした社長は、絶望しながら社会的に死ぬのだ。


「ふんっ人の家を奪うからこうなるんだ」


 復讐を果たした男は満足げに笑う。

 青空の下、住宅街に「ぱおーん!!」と言う苦しそうな鳴き声が響き渡った。

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