24 危機一髪屋は需要がある

 俺は危機一髪屋だ。

 ターゲットを危機一髪な目に遭わせて、時には助けるバイトをしている。

 確実にターゲットを殺す仕事じゃないけどさ、危機一髪屋は意外と仕事があるんだぜ?

 例えば片想い中の奴。

 好きな子を危ない目に遭わせて、そこを敢えて依頼主に助けさせるんだ。

 助けられた子は吊り橋効果で、依頼主を好きになりやすい。それでカップル成立って訳だ。恩を着せて金品や体を要求する奴も居るな。


 これさ、特殊詐欺グループから指示を出される破格の高収入バイトなんだよ。前請け負ってた奴が死んじゃったから募集し直したんだ、とリモート面接官が言っていた。地味に需要がある職業だからやってくれる人を探してたらしい。

 今日もさ、崖っぷちにある桜並木で虐めっ子だった最低なOLを危険な目に遭わせてプチ復讐したいっつー依頼が入ってるんだ。

 だから俺は受け子から渡された指示用スマホを持って、20件目の現場へ向かったんだ。




「きゃあああっ!!」


 滑落しそうな女の悲鳴が午後の青空に響いた。

 ここは桜が綺麗な穴場スポットではあるが、滑落の危険がある為に人の少ない崖っぷち。穴場スポットなので女と俺以外人は居ない。

 女も俺も近くでスマホで桜を撮影してた時、女が足を滑らせたのだ。


「たったすけてー!」


 木の根っ子に捕まった女は青褪めた顔で俺に助けを求める。小柄な女だったから、簡単に助けられるだろう。

 だが。


「えっあっえっと」


 俺は一瞬、わざと相手を助けるのを躊躇するのだ。

 手に持ったスマホで、落ちかけてる女の慌てふためきようを撮影しながら。


「助けてっ! ねえ助けてよぉっ! 落ちるーっ!」


 危機一髪屋とターゲットが必死に足掻いている顔をカメラに収める必要があるので、俺は突然の事で動けない人を装い立ち尽くす。依頼主は昔この女に突き落とされた事があるらしい。

 と、女がどんどん鬼の形相になっていく。


「おい! 早く助けろよっ!! 聞こえてんだろっ!!」


 荒っぽい口調で必死に木の根っ子に捕まっている女は、笑えるくらい必死だった。

 この表情を引き出せたならもう良いか、と判断する。最悪見殺してもいい、と依頼主は言ってたけど一応な。後は女を助けて気まずくなったフリしてそそくさと逃げ、手に入った札束をどう使うか考えよう。


「あ、はいっ」


 ようやく俺は女を助けた。引き上げた女がへたり込んでいる横「あの、では、失礼します」と逃げようとした。


「待てよっ!」


 ふと女が叫び、すくっと立ち上がる。俺が反応するよりもその動きは早かった。


「助けるのが遅いんだよっ!」

「っ──!!」


 バチッ! と言う音と頬の痛みに理解する。助けたにも関わらず逆上した女から右アッパーを食らったのだ。

 そして。


「うわっ! 落ち、落ちる……っ!!」


 殴られた拍子によろめいた俺は足を滑らせ、先程の女と同じように崖から落ちかけてしまったのだ。


「っ……知るかよ!」


 木の根っ子にしがみつく俺を見た女は、一瞬「やっべ」と言う表情を浮かべたものの、すぐに自分は関係ないとばかりに逃げ出してしまった。


「ちょっ! 助けろよ!! お前のせいだろっ! おいっ! おいってばっ!」


 必死に女が逃げ去った茂みに向かって声を荒らげるが、流石は虐めっ子と言うべきか、うんともすんとも反応が無かった。


「たっ助けてーっ! 落ちるー!」


 俺は尚も助けを求めるが、こんな穴場スポットに誰か居るわけもなく。数分後腕の疲れが限界に達するまで、ただただ助けを求めていた。


***


「そうですか、危機一髪屋は20回目で死にましたか。今回は結構生き延びましたねえ。前回は9回目だったのに」


 とある管制室で、通話中のリモート面接官を兼任している指示役の男が、少々意外そうに口にした。


「では正解したお客様に配当金を早速渡しておいて下さい。おめでとうございます、と僕が言ってたと添えて下さいよ。あ、危機一髪屋を突き飛ばした女の脅迫も忘れずに。では」


 男はそう指示を出すと電話を切り、ふうと息を吐いた。

 デスゲームを画面越しに見るのが趣味な金持ちがいるように、恨みを買いやすい危機一髪屋が何回目の依頼で死ぬかのギャンブルを楽しむ輩がこの世にはいる。

 指示役である自分も、犯罪の傍らSNSで雇った馬鹿の命で上客達と遊んでいた。面接官を兼ねている自分が圧倒的に有利なギャンブルの筈なのに、今まで一回も勝てた試しがないけれど。


「さあ早速次のオモチャを探しませんと。危機一髪屋ギャンブル、地味に需要ありますからねえ」


 男はどこか楽しそうに呟き、くるりと椅子の向きを変えた。

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