22 真面目な女天使

 私は天界で働くエリート女天使です。周囲から良く真面目と言われます。

 護衛天使と言う、死んでしまった人を三途の川的なゾーンから天国まで護衛する仕事をしています。

 三途の川的なゾーンまでは実は肉体って生きています。だから、道中人間を地獄に行かせたい悪魔が尊い命を狙ってくるんですよね。

 うちの上司、流石主神だけあって悪魔に人間を殺されるのが大嫌いなんです。天界に来てまた死んだら可哀想、ってこの仕事に力を入れています。


 以前同僚が目を離した隙に、悪魔に主婦を殺されてしまった事がありました。

 上司は物凄く怒り、なんとその同僚から加護を剥奪してしまったんです! 加護が無い天使はグズと馬鹿にされるんです……ひええ……恐ろしい。

 寿命管理天使が、寿命が残っている人を間違えて三途の川的なゾーンに入国させても許す癖に。最近の医療の発達の弊害だから、とか許しちゃってさ。

 ごほんっ! まあ、それは置いといて。

 私は真面目で優秀ですから、子供を殺して加護剥奪なんて馬鹿な真似しませんよ。


 さっ、今日もこれから男子高校生(事故死)の護衛に行って来ます!




「大丈夫ですかっ!?」


 幸せな天界を象徴するように、夜空にカラフルな花火が打ち上がっている山道。

 悪魔達の猛攻を退けた私は、岩陰に隠れてブルブル震えている少年に駆け寄りました。


「天使、ちゃん……っ、怖かった……!」


 陽気でお調子者な知臣ともおみ君も流石に今は青ざめてます。


「もう大丈夫です、悪魔達は私が追い払いました。ただあいつらはまた襲って来る可能性が高いですが」


 額の汗を拭う私に、知臣君は「えっ」と目を丸くします。


「そそそそれってじゃあ、俺また死ぬの!? こんな若さで2回も!? 悪魔怖いキモいもう会いたくない! 何か良い方法無いの!?」

「仕方ありません、では私の羽で天国まで飛んで行きましょう。さっきのタイプの悪魔は飛べませんし、透明になるから安全かと」

「えっ? そんな事出来るなら最初からしてよ天使ちゃん〜!」

「申し訳ありません。飛行ルートも危険ではありますので最後の手段に取っておこうと……ごめんなさい」


 目を伏せて言う私に知臣君は「天使ちゃん」と改めて私の目を見てきます。


「改めてお願い。俺を天国まで連れてって!」


 こんな真っ直ぐな目で頼まれて断れる天使が天界に居るでしょうか。そう思う程知臣君の目は力強いです。


「勿論です! 自分で言うのも何ですが、私は部署で一番優秀で真面目な天使です! 知臣君の事は何があっても守り通しますから安心して私にしがみついて下さい!」

「天使ちゃん格好良いっ!」


 知臣君はそしてガッチリと私におぶさって来ました。


「では行きます! 疲れて来たら遠慮なく言って下さい。少し休みましょう」


 知臣君を背に感じ透明化モードを発動させ、私はバサリと翼を広げて浮遊しました。




「うっわ高ぇー……」

「下見ない方が良いですよ」


 私と知臣君は山より高い夜空を飛んでいました。すぐ後ろから知臣君が息を飲むのが伝わって来ます。早く天国まで行こう、とスピードを上げた時。

 パァン! と。

 すぐ隣で綺麗な赤い花火が打ち上がったんです。


「うわっなに!?」


 私は慣れていますが、知臣君は慣れている訳がありません。ビクッと震え助けを求めるようにガッシリと私にしがみつき直してきます。

 ──その際。

 むぎゅ! っと知臣君が私の胸を鷲掴みました。

 デリケートな場所への突然の強い刺激に、キツくしがみつく知臣君の荒い息遣い。


「ひゃあああっ!?」


 ぶっちゃけ痴漢そっくりです。ビクッとなった私が情けない悲鳴を上げるには十分でした。

 そして不審者を撃退する時のように、思いっきり知臣君を振り払ってしまったのです。


「っうわっ!? うわ、落ち、落ち──!!」

「あっっ!?」


 当然、知臣君はぐんぐん落下していきます。数秒後、グサッと言う嫌な音がはるか下から聞こえて来て……。


「とっ知臣君っ!!」


 急降下した私の目に、大木の枝に腹部を突き破られ絶命した知臣君が飛び込んで来ました。


「知臣君……っ!?」


 ボタボタ滴り落ちる赤を見ながら、私は震えが止まりませんでした。


「し、死んじゃった……」


 殺してしまった。

 悪魔とは無関係な場所で、馬鹿みたいな私の不注意で。知臣君、あんなに良い子だったのに。


「…………嘘、嘘……」


 目を見開いて繰り返すも知臣君が生き返る事はありません。

 少しして私は、この事をどう上司に報告しようかと思いました。

 上司の事ですから、私がこんな馬鹿をして人間を殺したと聞けば、即刻私から加護を剥奪するでしょう。同僚達はここぞとばかりに私の悪口を言い、悪魔達が地獄なんかへの転職を囁いて来るかもしれません。


「……っ」


 加護の無いおぞましい未来にゾッとし──私は覚悟を決めました。


「黙っていよう……!!」


 この事は隠し通す事にしました。

 知臣君は寿命管理天使のミスで天国に迷い込んだだけ。まだ寿命が残っていたので人間界に帰って貰った、と。良くある事ですから、知臣君の事を詳しく調べる人はいません。

 透明化中で良かった。

 誰も知臣君が死んだ事に気が付いてませんから。大木に刺さった死体を燃やせば、ほら証拠隠滅です。


「……よし、帰ろうっと。知臣君ごめんなさい」


 私は一度深呼吸をした後、何事も無かったように天国に帰りました。

 寿命管理天使は私の報告に一瞬訝しんだものの、すぐに納得してくれました。上司からはつつがなく加護の更新を受けられ、私は変わらず部署内のエースで居られました。

 知臣君には悪い事をしましたが、これで良かったんです。罪悪感はありますが、正直開き直っています。

 だって加護、受けたいじゃないですか。真面目キャラには加護が無きゃ駄目ですから。


 でもほら、誰だってしますよね? こう言う事。

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