21 殺人現場清掃ロボット

 松木祐輔まつきゆうすけと言う青年はとにかく頭が良かった。

 1を聞いて10を知る。学校のテストは常に満点。

 クラスメイトに指示をするようなリーダー的存在だった松木は、次第に人を操る術を覚えていった。

 だからだろうか。松木はとにかく楽をする事を考えた。楽に稼ぐ為に、裏社会で殺人現場の清掃員をする程に。

 1回で1人200万貰えるが難点もあった。この仕事は案外重労働で、太っている自分にはシンプルにキツいのだ。馬鹿みたいな指示をされる時もある。


 そこで楽をしたい松木は考えた。

 持ち前の頭の良さで──殺人現場清掃ロボットを作る事を。


***


「ご主人様、1階の清掃が終わりマシタ」

「じゃあ次階段と2階宜しく〜死体は慎重に片付けておけよ。俺ここに座っているから」

「了解致しマシタ」


 メイドと名付けた人型ロボットが、自動歩行で階段へ向かうのを見送る。

 ここは昨晩、政治家の息子による一家惨殺が行われた一軒家だ。夜逃げした事にされるこの家から、死体を片付け血痕を消し去り洗浄後壁紙を張り替えるのが松木の仕事だ。

 メイドを作るまでは数人で1日がかりだったが、メイドを作ってからは一人で半日で済むようになった。松木は椅子に座ってスマホを見ながら、たまにメイドに指示を飛ばすだけで良くなった。真夏の今、異臭漂う密室に飛び込まなくて良いのは助かる。


 一番楽になったのは死体の処理だ。

 メイドは腹部のバキュームから死体を吸い込み、粉砕し、エネルギーにすらしてしまう。

 松木はメイドの出来に満足していた。優秀な清掃員として独立し報酬がグッと増え、ロボットは従順だ。


「頭脳にまで金掛けたくなかったから馬鹿だけど、俺が居るから大丈夫。いいもん作ったなあ。海外出張もしてみようかな?」


 海外で仕事をするのも悪くない。向こうの酒は種類が豊富なのも、酒飲みの松木には堪らなく魅力的だった。仕事終わりの一杯は最高だし、海外旅行も楽しめる。

 この後依頼主がやって来て、自分に高額の口止め料をくれる。松木はそれが楽しみで仕方無かった。


「やっぱ地道に働くのって馬鹿がする事だよなー」


 楽して掴んだ明るい未来に機嫌良く呟いた松木は、喉が乾いたとペットボトルの珈琲に手を伸ばした、その時。

 突然、胸に激痛が走ったのだ。


「──っ、う……あ……!」


 息が止まる程の苦しさに、松木は胸を抑えて目を見開く。


「ぐぁ、あ……ああっ……!!」


 こんな激痛初めてだ。

 一体自分に何が起きているのか分からない。


「ぁ……っあ……!」


 パクパクと金魚のように口を動かす事しか出来ない。苦しい。


「だ……れ、か……っ」


 発作か、と助けを求めたが当然反応はない。松木は自分がこんな仕事で独立した事を後悔した。誰か来るわけがない。

 苦しい──そう思う事しか出来ないまま、椅子から転げ落ち松木は少ししてピクリとも動かなくなった。


***


 松木が肥満による心筋梗塞で死体になった2時間後、言われた仕事を終えたメイドは1階へと戻って来た。


「ご主人様、2階の清掃が終わりマシタ」


 そこでメイドは椅子に誰も座っていない事に気が付いた。主は確かにここに座っていると言ったのに。


「ご主人様、2階の清掃が終わりマシタ」


 繰り返すが反応はない。床で男が死んでいるが主ではないだろう。何せ主は座っている筈なのだから。


「死体は慎重に片付けてオケヨ、とご主人様は言いマシタ」


 メイドはピンときた。主人は自分を馬鹿、と良く言ったし、事実自分は人の顔も識別出来ないが、これくらいは分かる。


「お掃除シマス!」


 この家の死体は自分が片付ける物だ。

 ピピピっとバキュームを起動させてメイドは死体を吸い込んでいく。バキゴキと骨が粉砕される不快な音が周囲に響いた。


「お掃除終わりマシタ!」


 ひと仕事終え、メイドは明朗な声を出すがやはり返事は無かった。

 主人から返事が無い事が不思議だった。主人はどこへ行ってしまったのだろう。もうすぐ来る依頼主の相手はしないのだろうか。

 まあ、自分なんぞが考える事でもないが。


「ご主人様、2階の清掃が終わりマシタ」


 メイドは誰もいない廊下でただただ繰り返す。電子音声は静まり返った家に良く響いた物だった。

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