20 賢いエルフ
「最悪!!」
先程リャナンシーが配達しに来た手紙。女エルフは、妖精王から下されたその勅命に激怒していた。
それは、『人間界に行って来い』という物。
この国では時たま重鎮を人間界に行かせている。人間に妖精の存在をアピールし、惑わせて面白がりエネルギーにする為だ。
エルフは人間界が——人間が嫌いだ。
争いばかりで、欲望に忠実で、とても野蛮だと聞く。
嫌いなので彼等の事は良く知らない。
住む次元も違うしテストにも出ないし、図書館で調べる事もしなかった。興味が無いので、人間界の本を開いても眠くなるだけ。
――まあ、私を選んだのは褒めてあげる。
なにせ自分は賢くて美しく、召使いも沢山抱えていて、王に仕える者として立派にこの国を動かしているのだから。
人間界に出しても恥ずかしくない。住んでいる森も好立地だ。
耳の長い自分が森に居たら人間は妖精の存在を確実に信じるだろう。そしてその畏怖のエネルギーが妖精界を潤すのだ。
「本当は愚かな人間界になんて行きたくないけど……」
でも行った方が社会に良い。重々承知している。仕方ない。
「ドワーフ! 一緒に来なさい。そして私の世話をするのよ!」
召使いの1人であるドワーフに命令を飛ばす。
わざわざ毛むくじゃらの卑しい妖精を同行させるのも作戦のうち。
確かこのドワーフは、テストにも出ないのに人間界を書いた本を読むのが好きだった筈だから。
だから多少は役に立つだろうと、賢い自分は思ったのだ。
人間界に下りた数日後。
「ご主人様、こちらかと思います」
エルフとドワーフは近くの村を訪れようとしていた。
森で数日暮らしてみたものの、一向に人間の姿を見かけなかったからだ。
枯れた森にわざわざ入る程人間も馬鹿では無いのかと思ったが、さすがにおかしいとドワーフが様子見を提言したのだ。ドワーフの言う事なんて聞きたくなかったが、自分もおかしいと思ったので頷いてやった。
「あ〜! 人間の町に行くなんて汚いわっ」
悍ましい、とブツブツ言いながら仕方無くドワーフの後を着いて行く。同じ森なのに、どうして人間界の森は汚いのだろう。
——その時。
「おっと」
前を歩いていたドワーフが足を止める。
視線の先、湖の畔に青年が居たのだ。
その青年は木に凭れ掛かって、ただただ湖面の反射を眺めていた。
陽光の下昼寝とは、やはり人間は自堕落だ。
「あれは……」
ドワーフが呟く横、エルフはぱっと表情を明るくする。
「あら、丁度良い! あの人間に姿を見せるわよ」
何か言いたげなドワーフを置いて嬉々として男の元へ向かう。
さっさと人間と触れ合って妖精界に帰りたかった。賢い自分は、一刻も早く妖精界に戻るべきなのだ。
そう思うと人間の臭いも我慢出来る。
「お兄さん、こんにちは」
そう思っていた——のだ、が。
「…………」
男は何も反応せず、ただただ目を閉じて眠っている。
「なっ……まあ起きるまで待ってあげましょう。貴方は暫くどこか行ってて! 貴方みたいに醜い妖精、人間に見せたくないの!」
「……はい……」
ドワーフは口をもごつかせながら頷き、森の中に姿を消していった。
主人に何か言うつもりだったのか。なんて生意気なドワーフだろうか。
湖畔には自分と、昼寝中の青年だけとなった。
最初はどうかと思ったが、目が覚めたら美しいエルフが隣に居るというシチュエーションはなかなか良い。
如何にも愚かな人間が好みそうな展開だ。このまま青年の目覚めを待とう。
「にしても……人間ってもっと太ってると思ってたわ」
物珍しさもあり、エルフはまじまじと青年を覗き込んだ。
昔教科書で見た人間はもっとふくよかだった気がする。
「あ、そうか」
あれは貴族を描いた絵だったのだろう。
この青年は痩せていて肌艶も良いとは言えない。着てる服もボロボロだ。
きっと奴隷なのだろう。人間界にも妖精界と同じく身分制度があるのか。
「うふふっ、さすが私」
それに気付いたエルフは鼻を高くしていた。
顔を見ただけでそれに気付くとは、やはり自分は賢い。
「もう良い!」
エルフは苛立っていた。
太陽が落ち始め空がオレンジ色になっても、この青年は目を覚まさなかったのだ。
折角こんなに美しい存在が寄り添っているというのに、なんと愚かな。こういう間の抜けたところも人間が嫌いな理由だ。
段々と自分が馬鹿に思えてきた。
「もうっ! 時間の無駄だったわ!」
こんなに待ったんだからもう良いだろう。
この男にこだわっては時間の無駄。さっさと次の人間に会いに行った方が効率的だ。
エルフが思った丁度その時。
「ご主人様……もう良いですか?」
がさごそと草木を掻き分けてドワーフが戻って来た。
「ふんっ! もうこの男は放ってさっさと次に行くわよ! 時間の無駄だったわ、こんな賢くない事……っ」
自分が見切りをつけたと知ったからか、ドワーフの表情が見るからにホッとした物に変わる。
なんだ、その表情。
それもまた苛立ちを煽る一因だった。
「やっぱり最悪っ!」
エルフは召使いを一瞥して湖畔から足早に立ち去っていく。
暗くなり始めた湖畔には、木に凭れかかっている青年と、眉を潜めて主人の背中を見ているドワーフだけが残っていた。
***
湖畔に残されたドワーフは青年の顔を改めて見直す。
最初に思った通りだった。
「やっぱりな……」
この青年はもう死んでいる。
腐敗も始まっている。
主人の手前伝えられなかった。
さっき見てきた。伝染病の蔓延した近くの村に生者は居ない。
青年の死は、人間の事を少しでも知っていたら分かる事。
けれど人間嫌いな彼女には分からなかった。
彼女は、勉強が出来て国を支える妖精国の優秀な人材。これは確かだ。
でも、彼女は本当に賢いと言えるのだろうか?
「う~ん……」
馬鹿な自分には分からない。
頭を掻きながらドワーフは主人の背を追いかける。
ちらっと振り返ると、そこにはピクリとも動かず項垂れている青年の死体があった。
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