16 令和の殺し屋
令和の殺し屋──俺のSNSのハンドルネームは、少し気取った6文字。
こんな物騒なHNなのは、俺の趣味がSNSで芸能人を叩く事だからだ。
サービス残業に慣れ切って久しい俺は社畜に分類されるんだろう。22時過ぎに暗い家に帰る日々を送る俺にとって、現代人の発明と言えるSNSは唯一の趣味だった。
最初はキラキラしてる芸能人を見るのが純粋に楽しかった。
でもいつしか「俺より年下の癖に生意気だ」「こんな事も分からないのかよ」と苛つく事が多くなり……仕事のストレスが溜まっていた俺は炎上に参加しだした。
『引くんですけど』
『それ貴方が言っていい事じゃありませんよね』
『捕まりますよ』
『ただの犯罪者やん。あんた終わったね』
上司に言えないような事も簡単に言えるし、炎上した芸能人は社会的に死んでいく事が多い。
「ざまあみろ」
それが気持ち良くて、俺は数多の人を叩いて粘着してはストレスを解消していった。
粘着した俳優が自殺した時はヒヤッとしたが、それも一瞬。
みんながやってる、という安心感に敵う物は無く、どんどん気が大きくなっていった俺は、いつしか自分を『令和の殺し屋』とまで格好つけるようになっていた。
「さーて、今日は誰を殺そうかな〜?」
相変わらずのサービス残業を終え、俺はストレス解消をしようとスマホを手にベッドへ腰を下ろした。
耳にはイヤホンを着けて大音量で音楽を聞いている。これもストレス発散の一環だ。
数か月前まではこのボロアパートには俺しか住んでいなかったので、スマホのスピーカーで音楽を聞けていた。
しかし。
10cmくらい横にマンションが建ってしまい、大家に注意されてからは出来なくなってしまった。
最近はどうしてこうぎゅうぎゅう建物を建てるのか。向かいの住民の視線が気になって、おかげで黒いカーテンを開けられない。
しかも住んでいるのは若い女性。
先日コロナで臥せっていた時引っ越してきた。おかげで咳をしづらかった。
思い出すとイライラして、俺は液晶画面に視線を落とした。
一度SNSを見るとあっという間に時間が過ぎていく。俺は目星の芸能人に粘着したり炎上に参加したりしてストレス発散を楽しんだ。
「──ん?」
異変に気が付いたのは何時までも臭かったからだ。
エアコンをつけているのに暑いのも、おかしかった。
「火事!?」
心臓が喉から飛び出しそうなくらい驚いた。
黒いカーテンが赤い炎に変わっている。
コロナの後遺症で嗅覚が変になってたから気付かなかった。スマホに夢中になっていたので尚更だ。イヤホンも悪かった。
いやそれよりも。
「こっこっちまで燃え移ってやがる!」
隣のマンションが発火元とは言え、うちと隣の距離は殆ど空いていない。当然のようにこっちまで巻き込まれている。
「に、逃げないと……っ!」
気持ちを落ち着かせるようにスマホを握り締め、俺は急いで玄関に向かい──愕然とした。
「う、嘘だろ……!?」
玄関扉がもう焼け落ちていたのだ。木造ボロアパートはこうも火の回りが早いのか!?
玄関が駄目なら窓から──そう思ったけれど、そもそも隣が出火元なのだから、窓際の方が燃えている。
勢いの衰えない炎が俺を囲んでいく。
「く、来るな……嫌だああああ!!」
熱い。煙臭い。熱い。助けて。怖い。なんで。こんな形で。
火を前にした俺は気付けばボロボロ涙を流していた。
助けが来るのと俺が死ぬのとどちらが早いかは、眼前まで迫ってきた炎を見れば明白だった。
***
『K市で火事 1人死亡』
ネットニュースの見出しを見た女性は目を丸くした。
「へ~、1棟だけで済んだんだ〜」
タワーマンションの一室に居る女性は、久しぶりの我が家で生姜焼きを作っていた。
「あ、でも新築マンションの方も半焼はしたんだねえ。新築は強いねえ」
自分で火を放ったのだが他人事のようにボヤいた。
殺し屋をしている自分は、先日「あの男を殺して欲しい」と依頼を受けた。
どうもあの男はSNSで俳優を叩いていたらしく、先日その男が首を吊ったという。中傷で心を病んだ末の事だった。
今回の男だけが悪いわけではないのだが、泣き濡れた俳優の嫁は納得しなかった。
『どうしても気持ちの切り替えが出来ないから、変なHNが目についたこの男だけでも殺して欲しい。金なら幾らでも出すわ!』
そう自分に頼んできたのが数か月前。
金に糸目を付けないのなら、今時人を殺すのは簡単だ。二つ返事で頷いた。
「火が隣のアパートに移って人が死んでも、罰金で済む事が多いんだよね〜」
日本の法律ではもらい火で被害が出ても火元に賠償請求が出来ない事が多く、保険に入っていなければ泣き寝入りするしかない。
なので、意図的に失火させた事がバレなければ良いだけだ。
新築マンションをわざと燃やすなんて、そうそう火災調査官の目に留まらない。
他の住民には悪いのでそこは配慮したし顔も名前も変えたが、向こうの住民は相手だけ。スポンサーが居るので、ちょうど嗅覚障害のようだし今回は立地を利用させて貰った。
それに何より、焼死が依頼人の希望だったのだ。
「大好きな炎上で殺してやりたかったんだって~」
女は声を弾ませて呟きコンロの火を止めた。
盛り付けるついでに一口食べてニイっと笑みを深めた。
――炎上が原因なのも、変なHNが偶然目に留まったのも、焼死だったのも。
「まっ、自業自得だよね」
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