15 自慢したい息子夫婦
少し歩いた山小屋に住んでいる息子夫婦は、国内の山々で猟師をしている。狩りが得意で仲が良い2人を自慢する度、近所の人は辰之助に羨望の眼差しを向けるのだった。
今日も辰之助は息子夫婦が狩ってきた牡丹肉を近所に配りながら、2人の自慢をしていた。
「良かったら牡丹肉のお裾分けをどうぞ。息子夫婦が狩ってきたんですよ!」
「まあまあ辰之助さん。何時も有り難う御座います、助かるわあ。あの子達本当凄いわねえ!」
木箱一杯に収まった新鮮な肉を前に驚きの声を上げる女性。辰之助はこの表情を前にすると心が満たされていくものだった。
「あははっ、はい、息子夫婦が早朝狩った奴でね。でも本当は、あの山に住む巨大
「えっ、あの山にはそんな熊が居るの、熊は滅多に人里に降りて来ないとは言え恐いわあ……けどあの子達ならいつかその羆だって狩れるわよ。とても優秀なんだもの」
「ええ、ええ。私もそう願っております。今日もこれからあいつらと牡丹鍋を囲むんです」
「まあ素敵! 本当に良い息子さん達よね……うちの子らに爪の垢を煎じて飲ませたいわぁ、ああ羨ましい」
「あははははっ、あいつらはそこまでじゃないですよ。でもそう言って貰えて嬉しいです!」
そう言う辰之助の声は弾んでいて、はきはきとしていた。
石川辰之助は、息子夫婦の自慢をするのが本当に好きだった。
「もう夕方か、そろそろあいつらの家に行くかな」
料理上手の嫁の事だ、きっと自慢出来る程美味しい牡丹鍋を振る舞ってくれるだろう。
それはきっとまた自慢になる。
息子夫婦を自慢した時の周囲からの眼差しを思い出すと、自然と口元が緩んだ。暗くなってきた山道を慣れた足取りで進み、出汁の匂いがする山小屋へ向かう。
引き戸を開けて、嫁が
「おーい、邪魔する――っぐ!?」
ガンッ!! と言う鈍い音と共に、後頭部に激しい痛みと熱さを感じたのは。
「っ」
一体何が――そう思う暇もなく、辰之助は土間に崩れ落ちる。
「お、おいっ!? っぁああああああああっ!!」
立ち上がった嫁を呼ぼうと思った次の瞬間、今度は腕と足順番に強い衝撃が走り、直後ゴトリと言う音がした。
「ううう……!!」
顎を引いて足元に視線を向けると、そこには漬物石が2つ転がっていた。どうやら嫁に漬物石を落とされ、手足の骨を持っていかれたようだった。
「な、な……」
訳が分からなかった。一体何が起きているのだろう。どうして自分は痛みに悶えているのだろう。
手足が使えないと動きたくても動けず、ただただ土間にうずくまっていた。
「!?」
次に猟に使う網を被せられた。まるで獲物相手のような手際の良さだ。
足元に立つ青年に気付き、辰之助は息を飲み込む。冷たい目でこちらを見下ろしていたのは、自慢の息子だったから。
「おい! これはどう言う……」
「親父、ごめんな」
説明を求めようとしたが、息子は短く口を動かすだけ。
「ごめんなさいね、義父上。まだ殺しませんから安心して下さいませ」
息子の言葉を続けたのは、同じくこちらを見下ろしている嫁だった。
何が起きているか分からなかった。
でも1つ分かる。自分は息子夫婦に危害を加えられているのだ、と。
「ど……して。お前らは俺の自慢の……」
目の前の光景が信じられず、辰之助は我が子を見上げる。しかし息子はピクリとも動かなかった。
「俺達、あの羆をどうしても狩りてぇんだ。あんなに大きな羆、狩ったら一躍有名人だろ。だから」
「義父上を餌にあの羆をおびき寄せるんです。熊は新鮮なお肉が大好きですから」
淡々と口を動かす嫁の言葉にぞっとした。
確かにあの羆で作った剥製はさぞかし迫力があるだろう。有名に、と言う息子の願いも簡単に叶う筈。
しかし、何も餌が自分である理由は無い。
そう思ったのが顔に出ていたのだろう。嫁がふふっと口元に手を当てて目を細める。
「それに私達も、義父上みたいに周囲に羨ましがられる自慢がしたかったんですよ。父を食べた羆を狩った……なんて、良い話になると思いません?」
「な……っ!?」
痛む後頭部を更に殴られたような気がした。
己の死因を悟り辰之助は絶句する。だから自分は生かされていると言うのか。餌として、生きたまま歯を立てられる為に。
「親父、俺達を有名人にさせてくれよ。巨大羆を狩った息子夫婦、って天国でいっぱい自慢出来るんだ、親父にも悪い話じゃねえだろ」
そう言って薄く笑う息子を、辰之助は歯を鳴らしながら見上げる事しか出来なかった。
自慢したいのは、息子夫婦もだったのか。
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