6 元気な付喪神

『上半身のみの遺体見つかる 4例目』

「こわっ!」


 市のニュース記事の凄惨な見出し。三田村共一みたむらきょういちは思わず声を上げた。

 市内の人間を無差別に狙ったこの事件は、酷く損傷した遺体が決まって独り暮らしの家の玄関から発見される。警察は強盗殺人と睨んでいるが、消えた下半身も見付かっていない上、床に血液が残っているのに獣に食われたような損傷もあって、本当に強盗殺人か怪しいし。


「まっ、貧乏の家に強盗は来ないか……」


 呟き、代わり映えのしない職場へと向かった。

 明日は市内にある亡くなった父の家に行き、家の後片付けだ。面倒だがあの家を売る為行かねば。




 翌日。

 家に入り遺品整理をした。物を大切にする人だったのでこの家に物は多い。ゴミ処理代も馬鹿にならなそうで憂鬱だ。

 サンダル、スニーカー、革靴、ブーツ。玄関には様々な靴が並んでいる。


「ん?」


 その中に1つ、一際古臭い革靴。


「あ、これ。噂の母さんからのプレゼントだな?」


 結婚前、母さんが高級なのを買ってあげたってやつだ。まさかまだ取ってあるとは。

 そうだ。なんせ高級、このままゴミ箱に入れるのは勿体ない。少しくすんでいるが、修理屋に出せばいい。足のサイズ同じだし。

 ゴミ処理代に貰っておこう――そう思って靴を箱に戻そうとすると、不意に革靴が意思を持って暴れ出した。


「捨てないでーっ!!」

「ぎゃっ!?」


 少年の声で革靴が叫び、手元から逃れてぴょんぴょんと廊下を駆けていく。

 ななななんだ!? 靴が喋った!? 動いてる!?


「捨てないでーっ!!」


 呆然と廊下に座り込んでいる俺の耳に、元気な声が容赦なく届く。


「僕はこの靴にさっき憑依した付喪神つくもがみなの! ……神様なの! 捨てたら罰が当たるよ!?」


 廊下の隅で猫のように威嚇し始めた革靴。停止した頭で考える。

 付喪神ってあれか? アニメの設定でお馴染みの、古いものに神が宿る的な奴。

 有り得ない存在を前に驚きで言葉も無いが、実を言うとワクワクもしていた。嘘みたいな存在が、代わり映えのない毎日を送っている俺の前に居る。


「君は僕の新しいご主人様になってくれる? 僕歩いて貰うの大好きなんだけど良い?」


 いつの間にか威嚇を止めた革靴がゆっくりと近付いてくる。


「ああ。いいさ、なってやる」


 気が付けば頷いていた。この奇妙な靴があれば俺の毎日は色付く。


「本当!? 嬉しい、有り難う!! いっぱい歩こうね! ねっ、君の名前は?」

「三田村共一」

「共一ね! 宜しく、共一! 大事にしてね!」

「はいはい」


 嬉しそうな元気な声が廊下に響く。

 こうして、俺とこの元気な付喪神との毎日が始まった。




 思った通り、ツックーと名付けたこの付喪神のおかげで俺の毎日は色付いた。

 暗い玄関を開けてもおかえりって声がする。革靴を履いて散歩するだけで喜ばれる。晩酌の話し相手になってくれる。

 付き合いたての女のようだ。こんなに良い存在は無い。


「じゃコンビニ行くか?」


 俺はコンビニパトロールが好きだ。新商品をチェックするのが楽しい。

 修理した革靴を履き、コンビニに向かって春の夜を歩いていく。ツックーは嬉しそうだった。




 ツックーを拾ってから数ヶ月が経ち、季節は夏になった。


「あっちー……」


 今年の夏は特に暑い。

 仕事の往復以外では極力外に出ないようにしている。クーラーが無いと死ぬ。


「共一! 今日は外行こうよ外!」

「こんな暑いのにお前元気だな……やだ。こんな暑いのに外出たくない」


 猛暑日の休日。

 俺はクーラーの効いた部屋で寝転がり、液晶画面から目を離す事なく答えた。

 数ヶ月の仲にもなればツックーの扱いも変わる。最初は可愛かった快活さも今では暑苦しい。


「そう言って共一、もうここ最近ずっとテレワークだ出前だで外出てないじゃん! コンビニも行かないし……職場に僕を履いてってくれた事も無いし」

「だってお前古いんだよ。幾らお前が高級でも古いもんは恥ずかしい」


 俺が返すとツックーは酷く傷付いた声を出した。


「なにそれ、酷いよ……幾ら付喪神相手でも、言っていい事と悪い事ってあると思うな!」


 ツックーの声が次第に荒々しくなっていく。


「みんなそう! 数ヶ月もすればどうでも良くなる……僕最初に聞いたよね? 歩いて貰うの大好きだけど良い? って! 共一嫌い! 嫌い嫌い嫌いっ!!」


 癇癪はすぐ収まるだろうと思っていたら、あろう事かツックーはテーブルの上に乗っかって暴れ始めた。コップや皿が落ちてパリンッ! と割れる。

 それだけでは気が済まなかったのか、次はタンスの上に飛び乗ってリモコンや鍵を落としていく。 


「待て待て待て! 履いてやるから機嫌直せって!」


 慌てて起き上がりタンスの上からツックーを掴んで退かし、玄関に放り投げる。


「痛いっ!」

「知るか、あっちー……」


 玄関に近付くだけでむわっと昼の熱気を感じる。ツックーを履き玄関を開け――熱気に急に気が引けた。


「なあ、やっぱ止めようぜ。こんな暑さ、死んじまう」

「は!?」


 俺の言葉にツックーはブチ切れた。いやそうキレられても歩く俺の命のが大切だろ。


「もういいよ、共一なんか大嫌い! 覚悟も無いのに僕みたいなのを拾わないでよね!!」

「はあ? お前が元気すぎるんだ――いつっ」


 足に、噛み付かれたような痛みが走った。不思議に思って足を見てみたら、なんと革靴に般若のような顔が浮かんでいた。釣り上がった目に睨まれ動揺する。


「おまっそんな事出来たの!?」

「出来るよっ! 僕は神なんだから!! こうやって独り暮らしの人に構って貰うしかないって言うのに、共一は!!」

「いたっ!!」


 俺の足に歯を立て出したツックーのその言葉に、分かってしまった。

 獣に食われたような損傷。玄関。独り暮らし。

 最近起きていた連続殺人事件が、この元気な付喪神によるものだった事に。

 って事は、俺はここで――。


「やめっ――!!」


 1拍後。

 俺の膝下まで巨大化したツックーに下半身を大きく噛み付かれる。

 痛みでビクッ! と1度体が大きく震え、俺はそのまま呆気なく上半身と化した。


「べーだ、次はもっと物を大切にするんだね」


 最期に聞こえたのはあいつの、元気で冷たい声だった。

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