邂逅・3 公太郎
目隠しをされた状態でイスに縛り付けられていた。イスが固定されてしまっているのか、いくら身じろぎしてもイスが軋むだけだった。
イスからは尿が滴り落ちていた。尻の下に排泄物を敷いている形になっているため、不快感でいっぱいだった。気温が低いため汗はかかないはずなのだが、脂汗が吹き出しているため、それもまた不快感をお増長させていた。
しかしその不快感よりもずっと、恐怖心の方が勝っていた。
口には粘着性のテープが巻かれ、声をだすことはできない。テープ越しから声を上げたとしても、この密室では誰にも届くことはない。壁が厚いのか、反響した自分の声だけが聞こえる。
トイレに行くことも、食事をとることもさせてもらえなかった。生きるために必要な行動のはずだが、緊張状態のせいで、それすらもどうでもよくなっていた。
鼓動は早く、恐怖心だけが増していく。自分はこれからどうなってしまうのか。誰かが助けに来てくれるのか。それともこのままどうにかなってしまうのか。
どうにかなってしまうことを考え、一際大きな声を上げた。その声にもならない叫びは、室内で反響し、消えた。
キィっと、扉が開く音が聞こえてきた。その後、バタンと大きな音をたてて扉が閉まる。
「悪いけど、キミをここから逃がすことはできないんだ」
声が聞こえてきた。口に布を当てているのか、やけにくぐもった声だった。男性だろう。けれど、誰の声かまでは判別できなかった。
歯がガチガチとうるさかった。脚がガタガタとうるさかった。自分で出した音だというのに、それを止めることも上手くできない。
「怖いか? そりゃそうだよな。拘束されて、監禁されて、自分の未来さえも誰かに握られている。この状況が怖くないわけない」
足音が近づいてきた。目の前で止まったかと思えば、口に巻かれていたテープが剥がされる。一瞬なにが起きたかわからなかったが、咄嗟に小さく息を吸い込んだ。
「なんなんだよ! アンタはなにがしたいんだ!」
最初の言葉がそれだった。自分がどうなるのかということよりも、相手が誰なのか。それが最も気になっていた。
「それを言うつもりはない。言ったって意味がないからだ。恐怖しろ。ただそれだけでいいんだ。ただそれだけで俺も彼女も救われる」
「俺がなにをしたっていうんだよ! どうすりゃ許してもらえるんだよ!」
「自分の罪がわからない? そんなことはないだろ。全部はわからなくても、心当たりがないわけじゃない。そうだろう?」
公太郎が息を呑んだ。
「俺が、なにをしたっていうんだよ……」
同じ言葉をつぶやくことしかできなかった。
「とぼけるか、それもいいだろう。ただ一つだけ教えてあげよう。キミの罪は、キミがキミであることなんだよ。なにをしたとか、どうすればいいとか、そんなことは無意味なんだ。キミの存在自体がこの状況を作ったと言える」
「俺は、どうなるんだよ……」
男は「ふぅ」っとため息を吐いた。
「お前はこれから死ぬんだ。覚悟を決めておいた方がいい」
その言葉を聞き、腹の底から叫んだ。誰か助けてくれ。殺される。まだ死にたくない。そう、何度も大声を上げ続けた。
この監禁状態で「死ぬのだから」と言われれば、きっとこの男はそうするのだろうという想像が容易にできる。
怖かった。ドラマやマンガで見たような、拷問のような殺し方を思い出した。きっと痛いのだろう、きっと怖いのだろう。そう考えてしまい、また小便を漏らしてしまった。不快感など感じている余裕はどこにもなかった。
「無駄だよ。誰も来ない。心配するなよ。頭に銃弾を叩き込むなんていうマネはしない。もうちょっと賢いやり方を考えてあるからな」
男が「ふふっ」と嫌味に笑った。
足音が遠くなる。
「行かないでくれ!」
「その言葉は聞いてやらん」
足音は止まらなかった。コツコツ、コツコツと、小気味良い足音が耳障りだった。
何度も何度も叫んだ。やめろ、ここから出せ、ふざけるな、お前が死ね。そして最後に「すいませんでした」と、小さな声で言った。
足音が止まり、金属製のドアが開いて、閉じた。
「ごめんなさい、許して、ください……」
その声は誰にも届かない。それは本人がよくわかっていた。
罪なら償う。なんでもする。謝る。一生奴隷でもいい。
祈りにも似た懇願は、暗い闇の中で消えていく。発せられては消える。その繰り返しだった。
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