邂逅・2 心愛

 時刻は十時を回っていた。


 心愛たちは1LDKのアパートの一室でいつも通りの飲み会を開いていた。白を基調とした部屋は、壁紙だけでなく、ベッドのシーツやタンスもまた白だった。しかしここは心愛の部屋ではない。心愛の友人である奏未の部屋。一人暮らしの彼女の部屋が飲み会の場になることは多かった。


「で、結局見つかった? 例の強盗犯」


 心愛はそう言ったあとで、ビールをグイッと飲み干した。ホットパンツにキャミソール、長い髪の毛はボサボサで手入れされていないのがよくわかる。化粧はまったくしていない。


「全然見つからないわ」


 響子がさけるチーズを手で裂きながら言った。爪の先から髪の毛の先まで手入れが行き届いており、貴金属を多く身に着けていた。その分化粧も一番濃い。化粧品業界にいるのもあってか妙に意識が高そうに見える。


「でもあの情報、結構マズイんだよね?」


 グラスを揺らし、グラスの内側の壁に氷をぶつけながら奏未が言った。少しふくよかではあるが、ボブカットの髪の毛で頬のラインを隠していた。化粧っ気はなく、いつも通りのほぼすっぴん状態だった。記者という特殊な職業柄もあるが、本人があまり見た目に頓着しない性格というのもあるだろう。


「二年前、か。でもさ、正直盗まれてもなにもなかったよな。まあ、どこかに横流しするようなものでもないけど」

「そういうこと言わないでよ。家に侵入されたってだけで嫌なのに、アレが盗まれたなんて最悪だわ。アレが私の家にあったなんて知られたら、一ヶ月前の事件とも繋がっちゃうかもしれないのよ?」

「それは、ないと思うけど」

「なに言ってるのよ奏未。白沢一家焼死事件の詳細よ? 大金払って手に入れた情報だっていうのに。これが情報屋に知られなかっただけまだいいけど」

「犯人の情報も漏れた。なのになんの音沙汰もない。ちょっと怖いよな。五年前の事件が、三ヶ月前の連続通り魔事件に繋がってる、なんてことが明るみに出れば面倒も面倒だ」

「五年前、か。最初はキツかったなあ。当時十八歳だったっていうのもあるけど、家族全員死んじゃったし。でも真実を知られたし、それは響子のお陰かな。響子が情報を集めてくれて、教えてくれたから。自分の罪はちゃんと受け止めなきゃ」

「なんというか、なんて言っていいかわからないわね」


 バツが悪そうに、響子がグラスの中を一気に飲み干した。


「通り魔事件も上手くいかなかったしな。世の中上手いこといかないもんだ」


 続いて心愛が新しく注いだビールを煽っていく。


「今でも忘れられないよ。人を刺すのって、やる前は簡単だと思ってたのに、いざやってみると感触が手に染み付いちゃって、毎晩夢に見ちゃう」


 奏未が項垂れる。


「私はぶっさりやったわけじゃないけどさ、それでも「バレたらどうしよう」って、毎晩毎晩同じ夢を見るよ。でもさ、やられるヤツはやられるだけのことをしたんだよ。私たちは無作為に通り魔を起こしてたわけじゃない。これは報復さ。それもまた見当違いだったわけだけど」


 今度は心愛が項垂れる番だった。


「報復っていうと聞こえは若干良くなるかもしれないわね。露骨に言えばただの私怨、ただの復讐なんだけどさ」

「復讐で結構なんだけど、今更勘違いでしたなんて言えないもんなー。謝りたい気持ちもあるけど、でもなー……」

「まあまあ、ココちゃん落ち着いてよ」

「落ち着けるか! でももうチャンスもない。ナイフで腕に傷つけて、私が犯人だって疑われてないだけまだマシなのかな」

「心愛も奏未も、目的の人物が見つかっただけいいんじゃないかしら。私なんて見つからなかったからね。誰が強盗かわかっているのに本人がどこにいるのかわからないってどうなのかしら。贔屓にしてる情報屋使ったのに」


 三人が一斉にため息を吐いた。


 三ヶ月前に起きた連続通り魔事件の犯人であった。個々に私怨を抱き、思い思いの人間を殺そうとした。しかし、できなかった。


 一人は本気で殺害を企み、一人は勘違いで良心の呵責に苦しみ、一人は相手が見つからないという状況だった。


 あれから三ヶ月ヶ月。彼女たちが警察に疑われることもなかった。ただ、週に一度奏未の家で飲み会をすると必ずこの話題が出る。


「あー、今も家でビビっててくんねーかな、雪之瀬琴衣」


 心愛は大口を開けて天井を見上げた。自分の彼氏を寝取り、会社を追いあったその人物の名前を口にした。今でもまだ、あの頃のことはよく覚えていた。


 しかし、自分の元彼氏は寝取られたわけではなかった。その元彼氏が別の女性を口説いていたのだ。それを知ったのは通り魔として女性を切りつけたあとだった。


「忘れなさいよ。ほら、グイッと」


 響子が無理矢理ビールを注ぐ。かなり酔っているせいで、泡がグラスの縁から溢れ出た。


「ったくもーよー、お前はこういうの下手くそだよなホント」

「はい、台ふきん」

「さんきゅー」と言って受け取り、テーブルの上を荒く拭いた。


 心愛にとって、この三人での空間がなによりも落ち着ける。楽しみでもあり、生きがいでもあった。


 そしてこの集まりをしている最中に必ず思うのだ。早く再就職して新しい人生を歩むのだ、と。


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