邂逅・1 匠
ホームルームが終わり、
「タクミー! 待ってよー!」
昇降口で靴を履き替えたとき、後ろから声をかけられた。上履きを下駄箱にしまいながら振り向くと、
到着した彩葉は息を切らせていた。肩まである髪の毛を耳にかけ、柔和に微笑んだ。
「はー、疲れた」
肩で息はしているが、額にも鼻の下にも汗はかいていない。だが、肌に張り付くような髪の毛が妙に艶めかしく見えた。
「どうしたんだよ、そんなに急いで」
「タクミが帰っちゃいそうだったからさ」
「別に帰ってもいいだろ」
「そこは別にいいんだけどさ。ハムの家、行ってみようかなと思って」
「あー、なるほど。具合が悪いって帰って、そのまま行方不明になっちまったからな」
約一週間前、
一日目は匠も彩葉も、公太郎の母も楽観的だった。それが二日目、三日目となるにつれて焦燥感だけが募っていった。そして、捜索願を出すまでになった。
今となっては、公太郎の母親は抜け殻のようになってしまった。一気に老け、以前のような元気もなくなった。特に母子家庭というのが大きかったのだろう。自分ひとりで育て上げた息子がいなくなった。それは匠や彩葉にはわからない感情だった。
匠、彩葉、公太郎の三人は幼い頃から仲が良かった。食べ物の好みも趣味も違うが、普通に生きているだけでは経験することがない共通点が三人を結びつけていた。
小学校、中学校、高校と同じ学校に通う三人は、傍から見ても中が良かった。遊びに行くのも、勉強をするのも一緒だった。同性の友人と遊ぶことも多かったが、それでも三人でいる時間が一番長いことは互いに自覚していた。
「そういうこと。ね、一緒に行こ?」
「わかった。おばさんにも少し話を訊いてみるか」
彩葉が靴を履き替えるのを待ってから昇降口を出た。
二人は幼なじみとして十年以上、変わらない関係を保ってきた。そして、公太郎が増えてからは仲がいい三人組になった。それが八年前の出来事だった。
「そういやあの日、お前ハムが帰ったあとで電話してなかったか?」
「あー、あれはハムじゃないよ。別の人。私にも友達くらいいるから!」
「悪かったって」
「自分がボッチだからって同じにしないでもらえる?」
「藪蛇だったか……」
賀川公太郎の家までは学校から歩いて五分程度の距離にある。匠や彩葉の家もまた、学校とはあまり離れていない。その間に会話があまりなくても気にならない。二人はそういう距離感であり、匠はこの距離感を心地良いと感じていた。。
公太郎の家までやってきた。呼び鈴を押し、ドアから少し離れる。
「お前はハムのにメッセージ入れてみたか?」
「うん、返信ないけどね」
「やっぱりか」
「そっちも?」
「あの後から何度もやってるけど、電話もメッセージもダメだ」
そんな会話をしているとドアが開いた。
「それじゃあ、これで失礼いたします」
中からはスーツを着た男性が二人出てきた。匠も彩葉も見たことがあった。公太郎が死んでから賀川家に出入りしている刑事だった。
刑事がこちらを振り向き一礼をした。つられるように一礼をすると、刑事たちは車に乗り込んだ。そしてそのまま、刑事たちを乗せた車はゆっくりと走り出した。
ドアの向こうから公太郎の母が顔を出した。
「ああ、タクミちゃんとイロハちゃん……」
公太郎の母は、ここ一週間でだいぶやつれてしまった。顔には涙の跡が見える。あまり寝ていないのかクマもくっきりと残っていた。
恰幅がよく、いつでも笑顔を絶やさないような明るい人。それが数日でここまで変わってしまった。
「公太郎くんからの連絡は?」
「ないわ」
公太郎の母は力なく首を横に振った。
「そう、ですか」
「ごめんなさいね、あの子ったら、みんなに心配を……」
そこで、公太郎の母が泣き出してしまった。ハンカチで涙を拭うが、次から次へと流れてくる涙は拭いきれなかった。ハンカチはくしゃくしゃで、長時間握りしめていたことがよくわかる。
一週間、時間があれば町の中を探し回った。それでも見つからなかった。公太郎本人も、公太郎の居場所を特定するような物も見つからなかった。だからこそ少しでも手がかりになりそうな物がないかと訊こうと思っていた。
公太郎の母の姿を見て、それもできそうにもないと思い知らされた。
「もし連絡があったら、ボクたちにも教えてもらえますか」
「ええ、ちゃんと連絡するわ」
と、笑っていた。けれど目には涙を溜めていた。
一礼し、匠と彩葉は公太郎の家を後にした。後ろ髪を引かれる部分はあるが、長いできるほど太い神経も持ち合わせていない。
「本当に、どうしたんだろうね」
「さあな。でもなにかマズイことになってるんだとは思う」
「じゃあ早く見つけてあげなきゃ」
彩葉は両手でガッツポーズをした。
明るくどんなときでも笑顔を絶やさない。そんな彼女に、匠は何度も救われてきた。
「だな」
スマートフォンを取り出して電話をかけてみる。しかし発信音はするが、最終的には留守番電話になってしまった。
突如、冷たい風が吹いた。思わずコートのポケットに手を入れる。
空を見上げると、紫色の空が広がっていた。その紫を、なぜだか妙に怖いと感じた。よくないことが起きるのではないかと、そんな予感がした。
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