第四章 休息日
「うそだぁー!!」
静かな森に突然大声が響き分かる。
「21っつったら、8つ上?」
イスミのある開けた空間で、ショコラ=ロリータと先程まで剣を交わしていた少年とが互いに向き合うように座っている。
「悪かったわね。でも、私は20を越えてないといけないのよ」
信じられない、と首を振りながら少年がまじまじとショコラの顔を覗きこんでいる。
「その顔で21は犯罪だよ」
ショコラは大きくため息をつくと、うなだれた。ターシャの王城でも、ここまではっきりと否定されたことはない。不審に思う者がいても、ショコラの剣技に圧倒され自然と文句を言う相手もいなくなっていた。
「分かったわよ。本当は17。これでいい?」
一応ふーんと頷く少年だが、はっと気がつくとまた同じように顔を横に振る。
「いやいや、17っつっても、幼すぎる」
もう一度ショコラはため息をつくと肩をすくめた。ショコラの実年齢は17なのだが、王城に仕えて副官や官長といった役職に着くためには最低20が必要だった。早く役職に着くため、ショコラは王城に来たときからわざと歳を上に名乗っていたのだ。
「で、あんたの名前は?」
もうこの話題を変えようと、今度はショコラが少年に質問を始めた。少年は一瞬目を見開くと視線を外し、明後日の方角を見た。
「ぼ、僕の名前なんてどうでもいいだろ?」
ショコラはそんな反応をされるとは思ってもおらず、少し面食らった。
「何で?」
「い、色々事情があるんだよ」
「ふーん、じゃあ、僕ちゃんにしよう」
僕ちゃんがびっと立ち上がる。体に力が入っていて、怒っているようだ。
「僕ちゃーん、どうしたの?」
からかうようにショコラがもう一度呼びかけた。だーと叫びながら僕ちゃんは頭をかきむしり、振り返ると戻ってきた。
「分かったよ。言えばいいんだろ」
うんうんと頷くショコラ。目を大きく見開いて興味津々だと訴えてくる。
「パンプキン」
「は?」
よく聞き取れなかったと、ショコラは耳を疑った。
「僕の名前はパンプキン=エリコ」
一瞬場が静かになると、その突如ショコラが大爆笑した。パンプキンが立ち尽くしてる正面で、お腹を抱えて地面を叩いている。
「だ、だから言いたくなかったんだよ!」
ぷいとパンプキンは横を向いた。
「ごめんごめん」
とは言っているが、ショコラの笑いは止まっていない。
「じゃあ何て呼べばいい?」
諦めたようにパンプキンは座った。それから思いっきり冷めた目でショコラを睨んだ。
「好きにしてくれ」
「じゃあパンプキン君ね」
どうぞと頷きながら、パンプキンは大きくため息をつくのだった。
ショコラの笑いも一段落し周りを見渡すと、空からの日差しが弱くなっている。太陽が西に傾いているのだろう、開けているとはいえ、周りは高い木々に囲まれている。直に夜になりそうだ。
折角出会えたわけだし、また一人で森をさまようのが互いに寂しいと思ったのか、二人は自然と一緒にいることにした。ショコラが食べられそうな植物を取ってくるというと、パンプキンはじゃあ獣でも捕まえてくると言って、集合場所をこの泉にしてしばらく二人は分かれた。慣れたもので、そう森の奥に入らなくてもたくさんの食べられる植物が見つかり、ショコラはそれを集めた。それから戻ると、パンプキンの帰りを待った。
パンプキンも程なく戻ってくると、手にはかなり小柄なサルのような生き物を持っていた。
「それ、食べれるの?」
ショコラの疑問に笑顔で答えると、パンプキンは短剣を取り出して毛やら何やらを捌いてゆく。とりあえずショコラはそこから視線を外すと、自分が持ってきた植物の調理をはじめた。もちろん調理と言ってもできることは少ししかないが。まずヤヤの実は大切な水分だ。パイナップルのように大きく膨れており、それを半分に(気合で)割ると碗状に別れ、中は水分で満たされている。今日は二人いるので、ヤヤの実は二つだ。そこではたと気がついたように、ショコラはパンプキンに聞いた。
「それ、生のまま食べるの?」
「まさか」
当然のようにパンプキンは答える。でも、じゃあ一体どうやって食べるのだろう。と考えていると、今度はパンプキンが聞いた。
「もしかして、今まで生で食べてきたの?」
「食べてない」
というより、肉を食べていない。肉の代わりになるカサの木の根っこを苦いのを我慢しながら食べてはいたが、調理できれば多少は美味しいのだろう。ショコラが疑問に思っていると、パンプキンが立ち上がった。
「忘れてた」
と一言だけ呟くと、パンプキンは最初にいた茂みの方へと駆け出した。それからそこで何かを手に持つと戻ってくる。どうやらリュックサックのようだ。それを持ちながら、あらためてショコラを見る。
「もしかして手ぶら?」
こくこくと頷く。変わってるねぇと呟きながら、パンプキンはリュックサックからフライパンを取り出した。
「これで焼けばいいんだよ」
「火は?」
そう、ショコラにとって一番問題だったのは火だった。寒い季節ではなかったからよかったものの、火をおこせなかった彼女は苦い草や根を我慢して食べていたのだ。
「火はないけど、熱ならあるよ」
そう言うとパンプキンは背負っていた剣を鞘ごと下ろした。何をするのだろうとショコラが見守っていると、彼は地面に剣を置くと鞘から刀身を10センチほど出した。すると刀身が赤く輝く。その上にフライパンをもってゆくと、しばらくしてそこから湯気が経ち始めた。どうやら確かに熱があるらしい。
「へぇー、便利ね」
「でしょ」
それから手際よく切られた肉を焼いてゆく。ほーっと見とれていたショコラだったが、思い出したように自分が取って来た植物をパンプキンに見せた。
「どうせならこれも炒めてよ」
「はいはい」
手際よくパンプキンは料理を進めに従い、香ばしい匂いが立ち込め始める。できたのは肉野菜炒めだったが、かなり美味しそうだ。ショコラにとって肉は久しぶりだったし、何よりここで調理された食べ物を食べられるなんて思ってもいなかった。
「はい、出来上がり」
フライパンを移動させ、片手で剣を鞘に入れる。そして器用にそれを背負うと、思い出したように言った。
「そういえば、フォークは一本しかないんだよね」
「え!」
「んー、まあしょうがないけど」
「いいわよ、私後で」
そう? といいながら、パンプキンはリュックからフォークを取り出し肉や野菜を食べて行く。時々ヤヤの実から水を飲んで、また口に肉を運ぶ。その様子を、ショコラは指を加えて見ていた。
半分くらい食べた頃、パンプキンはもういいと感じて、フライパンとフォークをショコラに渡した。その時、パンプキンはショコラの様子を見て笑ってしまった。
「な、何?」
「今、よだれ、たれてた」
「え、嘘!」
笑いながら、パンプキンはヤヤの実を飲む。むすっとした表情をしたショコラだったが、鼻をかすめる肉の匂いに、下手をすると本当によだれが垂れると思い、フォークで肉を口に運ぶ。
「おいしー」
率直な感想だった。
食事が終わった頃には、二人は思った以上に打ち解けていた。広い森の中で、一人というのがやはり寂しかったというのもあるだろう。ショコラにしてみれば剣を交わしたことで相手のことが大体分かったし、パンプキンを悪い人だとは考えなかったのだろう。ただ、気になったのはパンプキンが持っている剣のことだ。
「ねえねえ、聞いていい?」
お互いに向き合って座りながら、ショコラが単刀直入にパンプキンに切り出した。
「その剣って何?」
「何って?」
んっという表情をして、右肩にある剣の柄を見た。
「だって、普通の剣じゃないでしょ?」
「んー、確かに普通じゃないね。僕の愛用」
笑ってごまかすようにパンプキンははぐらかした。
「だから何?」
「お前のもそうだろ?」
「私のはただのブロードソードよ。私の、じゃあないんだけどね、もともと」
そう言い、右腰にある剣の柄を握る。それからふと思い出したように、パンプキンを睨んだ。
「お前?」
何? という顔をしたパンプキン。
「私はパンプキン君より4つ上なのよ。お姉さんと呼びなさいよ」
「は?」
眉間に皺を寄せて、何を言ってやがるんだと言わんばかりだ。
「どう見たって僕より幼いのに」
「失礼ね」
「ちっちゃいし」
「しょうがないでしょ、身長は。伸びなかったんだから。とにかく今度からはお姉さんって呼んでね」
「嫌だよ」
「呼びなさい」
ショコラはずいっと迫った。それを両手で抑えるようなしぐさをパンプキンはとる。
「ショコラ……」
語尾が聞き取れないくらいに小さな声で、一度パンプキンがお姉さんとつけて呼ぶ。でもすぐに気を取り直して言い直した。
「ショコラ! よし。呼び捨てにしよう」
パンプキンは左手の人差し指をあげた。名案を思いついたと言わんばかりだ。ショコラもそれ以上言っても効果がないと思ったのか、ため息をついた。
「もういい、私寝る」
腰につけていた剣を取り外すと、脇に置いてショコラは寝転んだ。それからパンプキンに背を向ける。その様子が面白かったのか、パンプキンは笑っている。
しばらくその笑い声が聞こえていたが、パンプキンが笑うのをやめたのか、ショコラの意識が遠のいてしまったのか、次第に笑い声が聞こえなくなった。
これまで張り詰めていた緊張感が少しだけ緩んだ夜だった。
三聖剣物語 なつ @Natuaik
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