完全な消失

シルクハットから溢れた豊かな黒の巻き毛を片側に流して、薔薇紅が鮮やかなガーベラ色のハンカチーフを私たちの前に広げる。


かたわらに置かれたトランクの上では、先ほどシルクハットから現れたばかりの真っ白な鳩が、静かにビスケットをつついている。


数秒の間を置いて、薔薇紅の指からハンカチーフが滑り落ちると、さっきまでそこにあったはずの「何か」が、跡形もなく消え失せていた。


確かに何かがが失われたという感覚だけをあとに残して。


「失敗かしら?」


「成功だと思う。消えたこと自体まで忘れてしまったら、きっと何が起きたかも分からないままだもの」


消えないで、と呟く雪白を、薔薇紅が笑いながら抱きしめる。

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