出会い
目を覚ますと、窓から覗く空はどんよりと暗かった。何時間寝ていたのだろう。時計を見ると、ちょうど夕方の6時だった。
帰ってきたのが7時すぎだったから…
11時間も寝入ってしまっていた。
あぁ、1日が終わってしまう!
特に予定など無かったけれど、それでも寝すぎてしまった罪悪感は大きい。
しかし、身体はどっしりと重く、あと1時間は横になっていたいな、と思う。
自分も、熊のように冬眠できればなあ。
熊は、冬眠することが仕事なのだ。仕事と思えば罪悪感なんてないはずだ。羨ましい。
いつもの夕方。ではなかった
隣の部屋から物音がする。3ヶ月前に、酒を浴びるように飲んでいたのであろう独り身のおじさんは、肝臓を壊して、自宅には決して戻れない体になった、と噂好きな大家が言っていた。笑いながらひょうひょうと話す大家のことを、ただ単純に、怖い。と思った。
そのおじさんに同情なんて、決してないけれど、笑う事は何だかできなかった。
おじさんの親戚でも来たのだろうか?
これだから、壁の薄いアパートは嫌だ。
今、部屋にいることさえも簡単にバレてしまう。プライバシーなんてあったもんじゃない。
意識を自然と隣の部屋に向けていたからだろうか。いや、違う、明らかに大きな声だから聞こえたのだ。
甲高い女の人の「ねえー、この荷物ってどこに置けばいい?」と言う声が聞こえた。
そんなにここは、大きな声を出す広さではない。と、少し苛立ちを覚えた。
引越しのようだ。大学生の女の子の一人暮らしで、同じサークルの友達が手伝いに来ている、といったところだろうか。
ああ、お願いだから飲み会などしないで欲しい。お願いだから、私の今ある生活を乱さないでもらいたい。
突然、ぐうー、とお腹が鳴った。何か胃にいれよう、とやっとの思いでベッドから起き上がり、冷蔵庫まで向かう。開けてみるが、そこには何も入っていなかった。生クリームをふんだんに使用したセブンイレブンの自慢のシュークリームが入っていたが、消費期限は3日前だった。さすがに、賞味ならセーフだが…消費の過ぎた物には手を出せない。
仕方なく、適当なTシャツとズボンを着て、ボサボサの髪の毛を結わえて、ゆっくりと重いドアを開けた。
ギイ、と扉を開けた瞬間、隣からもギイという同じ音が聞こえた。
しまった!と思った時にはもう、遅かった。
反射的に、ぐ、と身構える。
恐る恐る横目で視線を移すと、そこには予想外にも、一人の男が立っていた。
と、言っても黒く長い前髪で顔はよく見えなかった。唯一見える薄い唇が、キュ、と音を立てるように上がり、私は何故かその唇をじっと見つめてしまった。
すると、その薄い唇は、フワリと開いた。
「どうも。隣に越して来た楢木と、申します。よろしくお願いします。」低い声だった。とても丁寧な口調であった。
「…あ、どうも。お隣の海、です。」
私のその声はとても小さかったと、今でも思う。もしかしたらその声は、震えていたのかもしれなかった。
私は、なぜだか、その一瞬の出来事で、
ああ、泣きそうだな。と思ってしまった。
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