ハナコについて

ハナコとゆう名前は、令和にもなった現在古臭い名前だけれど、嫌いではない。

小学生の時大好きだった初恋の春太くんが、「同じ”ハ”から始まる名前やね。今時”コ”が付くの可愛いな。」と、褒めてくれたからだ。その時はそれを言われただけで、頭からつま先まで焼けるように熱くなったのを覚えている。小学生の頃からモテる様なタイプの男は、きっと平然と、しかも本心で、誰にでも、そういったことを言える人なのだろうと今なら分かる。

でも、カタカナでハナコというのはどうなのだろう。しかも、苗字は海。海ハナコ、なのだ。日本に何人いるのだろうか。いや、私以外いるのだろうか。そんなことをよく思う。とても覚えやすい名前ではあるけれど。仲の良い友達からは、愛称として”海ハナ”なんて呼ばれたりする。

根からの九州男児の父と、陶器のように白い肌の北海道出身の母の間に、私は生まれてきた。生まれは北海道であるが、すぐに九州の中心地である博多に引っ越したため、育ちは博多。小さい頃から、毎年どんたくには行ったし、12月31日には意味も分からず太宰府に行き、寒さに凍えながら大行列に並び手を合わせた。もちろん父の希望により、母と私と3人で。

父は、ご察しの通り地元である博多を誰に頼まれた訳でもないのに徹底的に愛し、”亭主関白”という言葉がピッタリと似合う、頑固な笑わない男だった。家で何か家事らしきことをする姿を見たことがなかった。私が25になった年に、急死した。急性心筋梗塞とかいうやつらしい。

母は、とても優しい人だ。怒ったところなど、見たことがない、と言いたいが、一度だけある。私が小学4年生の時に、当初は少し問題のあるようだった友達と万引きをしたのだが、笑うように簡単にバレてしまいスーパーの店員から呼び出しを喰らったのだ。

その時も、帰り道には母はいつもの優しい目で私を見つめ、そっと手を握ってくれた。現在母は、母の母つまり私の祖母にあたる人の介護のため、北海道に住んでいる。


私はというと、現在29歳。独身。彼氏なし金なし。夢も、なし。けれど、生きている。それなりに、生きている。

大学まで出たのにも関わらず、入社した超ブラック会社は、精神的に参ってしまい半年で辞めざるを得なかった。その後すぐに就活に励む事が出来ればどれだけ良かったか。

私は当時付き合っていた10も歳上の彼氏の家に、まるで自然の流れのように転がり込んだ。そして、猫のように寝て過ごし、1年間で12キロも太って化け猫となり、あっけなく捨てられた。

そして、悲しくて悲しくて毎晩1人で泣きながら、続かないバイトを転々とした。

月日が流れ、現在は知らない人のいない超有名店セブンイレブンのバイトリーダーだ。

と言ってもまだ1年半の職場なのだが。


何年付き合いを重ねても熱々なカップルや、毎日のように同じ時間を一緒に過ごす親友の様な人達、今では数本しか生えてない頭の毛が、青くフサフサだった時代からずっと同じ会社に身を置いている者、そのような類の人達を、見たり聞いたりすると、ただ、凄いなあと思う。

悲しいくらいに同じ環境に身を置くことが出来ない私なのだ。

終わりまでのカウントは、気付いたら始まっていて、気付く頃にはもう、遅い。

あんなに私の事を愛していてくれた彼も、最後は私の事を女とも思っていなかった。

付き合い当初は、少し肌を露出してあげるだけで事は始まったし、寝起きのどう考えても不細工な私を、可愛いと言ってずっと撫でてくれていた。

そして、「はぁちゃんはずっとここにいてくれるだけでいいとよ。」と、言った。

もちろん、彼は覚えていないだろう。

寝起きにボソッと呟いた一言だったから、録音なんてしてないし、だから、証拠もない。

けれども、私は信じた。何気なく呟いた一言こそ、証拠などない一言こそ、私にとっては信じるに値する、宝物のような言葉であった。

あ、私、いるだけでいいんだ。

そう思った。疑いもしなかった。ずっと彼の家の狭い狭いベッドに横たわって、”超ブラック会社のせいで精神を病んでしまった可哀想な女の子”を、演じていればいいのだと、そうすれば、彼は優しいし、ずっと私の味方でいてくれるのだと、信じきっていた。

だから、ぶくぶくと太っていく自分を簡単に受容できたし、「私何してんだろ」なんてこれっぽっちも思わなかった。

だから、自分の化け猫のような姿や、どうしょうもない思考回路を、ではなく、それを受け入れてくれなかった彼を、私は許せなかった。

あ、裏切られた。そう思って毎晩泣き続けたのだった。

今思うと、その彼の事を本当に可哀想に思う。

しかし、私の心臓の奥底に、この”裏切られた”という記憶だけは染み着き、今も、ふとした時に見え隠れする。

−「この人は、きっと1年もしないでわたしを嫌いになる。」

これは、呪いだ。


長く続かない理由は、他にもあるのだと思う。考え過ぎなところも、そうか。

この作業を私は、いつまで続ける気だ?

これをすることで私は、何かを得ることが出来るのか?

ここまできたら、もう戻れない。

カウントは、もう最後の鐘の音を鳴らす直前まで来ている。そうして、最大限の妄想を、(妄想癖がある)膨らませて、タウンページを開いたりする。その繰り返し。また6ヶ月後くらいには、8行前の自問自答に帰る。


夢見がちな女の子(29)なのだ。

そんな私には、「夢」はない。

けれども毎日寝て起きて、ご飯を食べて、排泄をして、自分の心臓の音を感じながら、ただ生きている。

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