3-47 Reverberation Child
「カケロス達は行ったかな……」
遠くに聞こえる足音から、イオナを連れて彼が逃げたであろうことを察する。だが意識の大部分は、目の前で静かに佇む老騎士の存在に釘付けにされていた。
「四天魔ジーク・グレイオ・フリード……間違いないわ」
隣で息を飲むリナリアが発した言葉でその存在を再認識する。
短く切り揃えられた髪は全てが白く、オールバックで整えられているその姿を町で見かけたのであればどこかの貴族と勘違いするであろうという清潔さだった。
だが顔以外の全身を覆う漆黒と金の意匠が施された鎧が、途轍もなく似合っている。そして光を通さない黒一色の瞳がこちらを見つめる度、背筋が凍る感覚に襲われた。
老騎士はリナリアを視界に入れながら口を開く。
「はて、この様な苛烈な魔力を放つお嬢様と面識はあったかな? もしそうであれば覚えている筈なのだが……」
そしてゆっくりと顔だけを動かし、クリスタルの兜の内側にある俺の瞳と目を合わせた。
「それにお主にも興味がある。あの巨大なクリスタルの様な物に、その鎧……顔を見せろとは言わぬから、差し支えなければ自己紹介願えないだろうか?」
笑みを浮かべながらそう言葉を放つジークは、一見紳士的で
しかしその身体から沸き立つ強烈な魔力の感覚や、何かを我慢する様に口元を震わせている表情。
そこから感じる威圧感は、まるで自分の認識が間違っているのだと本能から警告されている様だった。
張り詰めた緊張の糸を切らさない様にジークを視界の中央に捉えたまま黙っていると、彼は心底残念そうにため息をつく。
「はぁ……残念だ。お主はどうやら戦いを楽しむ人種ではないのだな」
今までの魔人とは違ってまるで人間の様に話しかけてくるその自然さを不気味に感じる。
「……何が目的で、ここに来た」
すると俺の言葉を聞いたジークは一瞬だけ沈黙を置いた後、大きな声で笑い始めた。
「はっはっは、我の質問は無視して自分だけ答えてもらおうとは! 流石に都合が良過ぎないかね!」
間違いなく敵の筈なのに、楽しそうに声を上げて笑うジークに困惑するしかない。だがそんな内心を知ってか知らずか、ひとしきり笑い終えた老騎士は言葉を続けた。
「ではこうしよう! 君の名前を教えてくれたら、ここに来た目的を少しだけ話してやろう! 悪くない提案だろう?」
「……ハルカ、だ」
意図を掴みかねる質問に咄嗟の嘘などは思いつかず、答える必要もなかった筈がつい本当の名前を言ってしまった。
その瞬間、ジークの姿が膨れ上がった。のではなく、急接近されたのだ。
「っ!?」
突然の襲撃になんとか腕を正面に構えることぐらいしか出来ないうちに、目の前の魔人は誰かの血に染まった銀剣を俺に振るった。
「ハルカっ!」
リナリアが声を上げると共に、水魔法で作り出した巨大な龍でジークへと攻撃する。しかし軽い動きで元の場所に戻ったその男は悠々と避けて見せた。
「ほぅ? そのお嬢様の言う事を信じるならば、どうやら嘘をついている訳ではなさそうだ。ではその正直さに免じて私も答えるとしようか」
そのあまりの自由な様子を見せるジークに抗う様に、俺は問いかける。
「戦争のための拠点づくり、でダンジョンを作ったんじゃないのか」
だが老騎士は大きく首を振って答えた。
「なるほど、我らが遺跡を拠点とする時の目的を知っているのか。よく勉強しているが……今回は違う」
そしてジークは手を広げ、視線を遺跡の床へと落としながら続ける。
「遺跡の最深部……つまりこの空間に、魔王様が欲している財宝とでもいうべきものがある……可能性があった」
「財宝?」
思わず直ぐに聞き返してしまったが、とてもこの空間にそんなものがあるとは思えない。
俺達が到着した時も少し驚いたが、最深部であるこの階層も上と変わらずただのドーム状の空間が広がるのみだった。
大きさこそ今までで一番だが、奥に気味の悪い巨人の様なものが彫刻されているだけで何も変わらない。
それこそ中心部分にクリスタルのオブジェを作り出してしまったが、それが無ければ本当にただの部屋だった。
「まあ実際にはただ巨人の石像があるのみで取り越し苦労だった訳だが……久しく見ていなかった人間の強者とこれだけ会えたのだから結果としては満足よ。そして……」
小さく間を取ったジークは、再び自らの前に剣を構えてから続ける。
「会話に花を咲かせるも一興だが、私も時間が有り余っている訳ではないのでな。そろそろ楽しませてもらっ……」
「伏せろっ!」
背中側から聞こえた少し遠いその声を疑う暇もなく伏せると、俺の頭の上を数十の矢が勢い良く通過してジークへと向かった。
それを軽い動作で切り落とし、避ける老騎士。だが数本の土魔法で作られた矢がその鎧に当たると、小さく二・三歩だけ後ろに下がる。
間違えようもなくそれはサジルの攻撃だった。視線だけを後ろに向けると、俺が創り出したクリスタルの隙間から狙撃する姿が見える。
「ほお、中々の威力。お主たち二人に気を取られていたが、伏兵の力も中々……」
「閉じ込めて、圧殺する」
すかさずリナリアの水魔法で作られた三つの龍が、まるで生きているかのように動いてジークを囲みながら襲う。
「っ!」
短く声を漏らす四天魔の長も、こればかりは逃げられないかに思えた。
しかし老騎士は予備動作が全く感じられない動きで斬撃を振るい、水龍の太い胴体を切り裂きながら掻い潜っている。
魔法を斬るその動きはおそらくレウスと同じ、魔力を剣に通す魔法剣士の戦い方だ。だがリナリアの魔法を容易く切り裂くその力はやはり四天魔なのだろう。
二体の龍がジークの無数の斬撃によって力を無くし、ただの水となって遺跡の床を濡らす。
そして残る一体の龍、それは無謀にもジークに正面から襲い掛かった。
「これで最後かっ!」
腰だめ構えた老騎士の銀剣が振り下ろされ、リナリアの魔法は上下に分断されたかに見えた。
「食らいついて」
リナリアの冷たい温度の宿る声と共に、二つに分かれた水龍はそれぞれが別々の龍となって動き出す。一方はジークの顔に目掛けて、もう一方は足元へと。
完全に不意を突かれた形となり、いくら四天魔の長と言えども両方を回避することは出来ないだろう。
「ほぅ!」
だがその表情に喜色を浮かべたジークは避ける事なく、返した剣で顔に向かっていた龍だけを斬った。そしてもう一方の直撃を受け入れる。
「っ、これは中々の威力の魔法だ!」
老騎士は心底この状況を楽しむ様な声を出すが、分断されたせいかリナリアの魔法はジークの足鎧を激しく削り取っただけだった。
だが後ろ向きに倒れかけているジークの体勢を崩すことには成功する。
その隙を逃すことはなく、俺は踏み込んでジークへ向かって駆け出した。それと同時に未来視を使用する。
脳を駆け巡る魔力の閃光が瞳へと流れて視界を埋め、少し先の未来を俺に見せた。
なるほど、流石は四天魔と言うべきだろうか。体勢を崩しながらも、振り切った剣をありえない速度で戻して俺の首へと向かってくる。
今ならばこれを防ぐことも出来るだろう、だがそれをすれば折角リナリアが作ってくれたチャンスが台無しだ。これを逃せば次が訪れないかもしれない。
なら俺はこれを避けないことにした。
クリスタルの鎧を過信してる訳でもない、投げやりになったわけでもない。
ただ視界の端から飛来した物体が俺へと向かう剣の軌道を逸らすのが見えたのだ。
そこで俺は未来視を解除し、一直線にジークの正面に滑り込む。自分に襲い掛かる剣は見えている筈なのに、それを一切無視して。
俺の行動を目の前で見ていたジークは、そこで初めて驚きの表情を見せた。
目は口程に物を言うとはよく言ったもので、視線からは俺が避ける仕草すら見せないことに驚いているのがわかる。
そしてジークが驚きながらも俺に向かって振った剣が動き出した直後、その剣の腹に三本の太い矢が直撃した。
「っなんだと!?」
「っしゃあ、ナイスショットだ俺!」
遠くから聞こえた声に口元が上がってしまうが、今回ばかりは本当に有難い。
「ほんとに、助かったよ……!」
思わず漏れたそんな呟きと共に、俺は結晶魔法を発動した。
自分の手から噴き出した魔力は結晶の魔法となって変換され、長剣となって姿を現す。先端に至るまで研ぎ澄ませた魔力で作られたクリスタルは、濁り一つない鋭さを輝かせた。
そして腕を流れる魔力さえも意識を巡らせて、振るう腕さえも剣と同化したかの様に。
ただ人類の敵を断つために。その存在を断ち切るための剣として。
「その魔法、やはりクリスミナのっ……! 血は健在だったか!!」
「っおおおおおおお!!」
発する気合と共に、横一閃。
暗い部屋の中でも空色に輝く軌道は円を描き、全力の一太刀が駆け抜けた先で黒い鎧の破片が飛び散った。
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