3-43 消えないモノ


 四人分の足音がしばらく階段で響いた後、たどり着いたのは先程と同じ様なドーム状の広い空間だった。


 独特の刺激臭が鼻を突いて、なんとも居心地の悪さを感じる。


「ここが二階か……?」


 呟きながらも辺りを見渡すと、正面に続く通路が見えた。それは一階に存在したものよりも幅が広く、途中で分かれ道もなさそうだ。


 すると隣でリナリアが何かに気付いた様子で口を開く。


「ねぇ、ハルカ。って……」


「あれ? ……っ!」


 不思議に思いながらも彼女が示した方向に目を向けた時、思わず声を詰まらせてしまった。


 この部屋の至る所に横たわっている無数のモノ、それはかつて生きていた筈の人間の死体だった。


 見える範囲でも数十人分はあるだろうか、恰好が先程の に似ていることからもイクス王国の兵士達で間違いないだろう。


「こりゃあ……酷いな」


 サジルが近くの遺体に近寄って確認していたが、オーガらしき手の爪痕が深く刻まれていた。


 ただこの部屋にあったモノはそれだけではない。地面には兵士達の倍以上はあるかという、魔石の数々だった。


「この魔石の数……頑張ったんだね」


 カケロスもそれに気が付き、眉間にしわを寄せながら重い声を発する。


 魔物の死体は残らないが、物言わぬ身体となってしまった彼らは自分達の生活を守るために懸命に戦ったのだろう。


 彼ら全員の遺体を運びたいところだが、今はそれが出来ない。ただ手を合わせて祈る事しかもう出来ることはなかった。


「……間に合わなくてごめんなさい、お疲れ様」


 急がなくてはならないのは理解していても、その言葉だけは残さなければならない気がした。


「やりきれねぇな……魔物どもは死んだら綺麗さっぱり消えて、またどこからか湧いてきやがる……でも俺達は無限じゃねぇっ!」


 堪え切れずといった表情でサジルが漏らした言葉が、おそらくこの世界の誰もが思っていることなのだろう。


 彼の言葉をきっかけにしておそらく全員の心に訪れたであろう暗い気持ちのせいか、しばらく沈黙が訪れる。


 だがそれに応えたのは意外にもカケロスだった。


「……僕たちが今それを言っても仕方がないんだ、先に行こう」


「そんな簡単に割り切れることか!?」


 サジルはその言葉で完全に血が上ったらしく、カケロスの胸倉あたりの服を掴みかかろうとした。


「おいサジル止めっ……」


「まだっ!!」


 サジルの行動を制止させようと上げた声だったが、唐突に聞こえた大声のせいで思わず口を閉じてしまう。


 空気を裂いたその声の主はカケロスだった。


「まだ助けられる命があるかも知れないんだっ!」


 彼のいつもの様子からは考えられない程の感情を露にした声で、掴みかかったサジルさえも驚きの表情に染まる。


 カケロスの小さな身体は持ち上げられて少しだけ足が浮いていた。だがその表情からはとても強い意思がのぞいている。


「ここで立ち尽くしても時間が返ってくるわけじゃないっ!!」


 サジルを見つめ返す緑色の瞳は、暗い部屋の中で鈍く輝いている様に見えた。


「……カケロス君の言う通りよ、進みましょう」


 行き場のなくなった状況にリナリアの声が響く。そこで漸く気持ちを落ち着かせたサジルは掴んだ手を放した。


「……わかったよ。悪かった、お前の言う通りだな」


 そう言って彼はカケロスよりも低い位置まで頭を下げる。その様子からもサジルが本気で申し訳なく思っているのが傍目にもわかった。


 すると目の前に置かれた灰色の頭をカケロスがまあまあ痛そうな強さで叩く。


「痛ってぇ!?」


 そしていつもの軽い笑みを浮かべた彼は口を開いた。


「別に気にしなくても良いよ、早く行こう」


「おいテメェ!」


「いやいやこれで両成敗でしょ!」


「俺は謝っただろうがあああ!」


 逃げる様に前を走るカケロスを追いかけてサジルも駆け出す。そんな彼らを見てリナリアと顔を見合わせると、自然と笑ってしまった。


「……俺達も、行こうか」

「ふふっ、そうね」


 この場で笑ってしまうなんて不謹慎なのは間違いないが、それでも暗い気持ちのまま進むよりも良いだろう。


 目の前でじゃれ合いながら進む彼ら二人は、少しだけ距離が縮まった様に見えた。


 さっきの言い合いは、どちらも正しくて優しいから起こったことだろう。サジルの感情も間違いなく理解できるものだ。


 ただ初めて見たカケロスの激情は、きっとイオナという人物を大切に思っているから。そんな彼の言葉だからこそサジルにも響いたのだと思う。


 そんなことを考えながらも先に進んでいると、短い一本道の通路が終わる。そしてまたしてもドーム状の空間に出てきた。


 しかしその大きさは今までと比べ物にならない程に大きい。一階まで突き抜けているんじゃないかと思ってしまう程に高い天井と、地下二階をほぼ埋め尽くすのではと思う程の横幅の広さがある。


 そして辺りにはまたしても倒れている兵士達の姿が無数に存在していた。だがそれ以上に注意を引いたのは、徘徊はいかいする六つの大きな影。


「なんだアレ……?」


 よくよく見るとそのシルエットはオーガなのだが、大きさが一回り以上に大きい。特徴的な大きい腕が更に肥大化し、地面に当たるまでに伸びている。


 その凶悪な爪が床を擦る音が耳障りに響く中で、リナリアの潜めた声が聞こえた。


「こんなにも、エルダー種がいるのね……」


「エルダー種?」


 まだ距離があるためか気付かれてはいないらしく、出来るだけ小さくした声で聞き返す。すると頷きと共に彼女は言葉を続けた。


「そうよ、通常の魔物から進化した姿。野生では絶対に発生しないから魔王軍にしか見られない種族ね。明確な知能と、それに伴う戦闘力がある」


 リナリアの言葉に頷いたサジルが褐色の肌に冷や汗を滲ませながら口を開く。


「普通ならエルダー種がダンジョンの主だったりするんだが……六体か。冗談がキツイなこれは……」


 彼の発した言葉が本当であれば、目の前の状況がどれだけ異常なものなのだとわかる。


「どうするかな……散らばってるだけにやりづらいか」


 だがどうやら、こちらの準備が整うのを待ってはくれないらしい。


「グゴギャオオオオォォオオオオ!!」


 その咆哮が響いた場所に目を向けると、赤い瞳でこちらを睨みつけるエルダーオーガの姿があった。それに釣られる様に他の個体も一斉にこちらを向く。


「「ゴギャァァァアアアアアアアアア!!」」


 空気を破裂させるかの様に部屋を反響する魔物達の叫びが重なる。どうやら俺達を完全に敵と認識した様だ。


「っ!? 不味いね……来るよ!」


 カケロスのそんな声をきっかけとしたかの様に、足音を立てて一斉に向かってくる。


 全員が臨戦態勢を取ろうとしたが、ふと近付いてくるエルダーオーガが五体だけということに違和感を覚えた。


「五体? あれは……」


 距離を詰める彼らの奥で、一体だけがこちらに興味を示していなかった。というよりもに興味を引かれていたというべきか。


 その個体が視線を向ける場所、それは横たわる兵士達の一つだ。そして偶然にも、それが少しだけことに気付いてしまった。


「っ!? サジルっ、奥の一体を射て! まだ生きてる人がいる!」


「なっ……わかった! 他は頼むぞ!」


 サジルが声を発したとほぼ同時、一緒の方向から近づいてきた二体のエルダーオーガを巨大な水の柱が襲う。その魔力は隣にいたリナリアから出ているものだった。


「私が向こうの二体を!」


 発動した魔法の勢いはエルダー達の巨体を浮かし、この部屋の壁まで押し付ける。そして吹き飛ばされた二体を追って彼女は駆け出した。


 おそらくリナリアはサジルとカケロスが戦い易くするために敢えて距離を取ったのだろう。


「ありがてぇ!『銀弓』!」

「助かるよ!『炎槌』っ!」


 リナリアの意図を直ぐに理解した二人は吸収用の魔道具を外すと、それぞれの武器に魔力を通した。


『今までのオーガとは格が違うぞ。結晶魔法を使うことも考えておけ』


「ああ、わかった!」


 レオの声に答えながら、身体に魔力を通す。沸き立つ水色の魔力が外へと漏れだして仄かに光る自分の姿がオーガの赤い瞳の中に映っているのが見えた。

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