3-42 分岐した道②


「ッ!」


 身体を捻り、息を吐き出しながら拳を振るう。


「グギィイイ!?」


 その一撃でオーガを通路の端まで吹き飛ばすと、壁に激突した赤鬼は身体から全ての力が抜けた様に動かなくなった。


 魔力の通った拳は痛みこそ感じないが小さな痺れの様なものは残っている。その感覚を複雑な気分で味わっていると、オーガは魔石だけを残して消えていく。


「……やっぱり、凄い力ね」


 後ろから掛けられた声に振り向くと、驚きに目を大きく開けたリナリアの姿が見えた。


「なにか……この遺跡に入ってからいつも以上に、力が上がってる気がするんだ」


 もう殆ど感じられなくなった拳の痺れを確かめる様に自分の手を見つめながら考える。


 体に通した魔力は微量で、一撃でオーガを倒せるだけの威力を込めたつもりもない。しかしこの遺跡に入ってからは力の制御がついていない様な気がしていた。


「原因も気になるところだけど……今はとりあえず先を急ぎましょう?」


「そう、だな……行こう」


 だが今はそれどころではないとわかっている為、彼女の言葉に同意して足を進めた。


 基本的には俺が前を駆け抜けていたが、身体能力を魔力で底上げしているためにかなりの速度である。しかし驚くべきことにリナリアは当たり前の様についてきた。


 途中に何度か分かれ道はあったが直ぐに片方が行き止まりだったり、カケロス達と別れたとき程の大きな分岐ではないので苦労せずに進んでいく。


 それからしばらく進んだ道中で、リナリアがわかる範囲での四天魔についての知識を教えてくれた。


「今の四天魔はジーク、ヴェンダー、黒魔騎士にジャックの四人で構成されていて……」


 彼女いわく四天魔とは、魔王を筆頭とした魔王軍を取りまとめる為に作られた四つの将である。そして各々が魔王に近い戦闘力と高い知性を併せ持つ。


 ジーク・グレイオ・フリード。魔王軍の設立から指揮を行い、一度も交代したことのない四天魔の長。魔法よりも体術を得意とする剣士であり、黒魔騎士が加入するまでは魔王軍最強の名を冠していた魔人。


 ヴェンダー・クリント。対クリスミナ戦争時に四天魔に欠員が出たことで登用された女の魔人。魔法を得意とし、彼女の用いる闇属性魔法は戦術として活用できる程に大規模なもの。


 黒魔騎士。魔法と体術を完璧なまでに使いこなすその者は四天魔最強の戦闘力を誇り、十二代クリスミナ国王イレイズルートを討ったことでその名を人類に知らしめた。その素顔は魔王以外知らないとされる。


 ジャック。最近加入したとされる若い男の魔人で、戦闘力は未知数。滅多に前線に姿を現さないことからも不明な点は多い。


「なるほど……それが四天魔、か」


「ゴギャッアアア!!」


 相槌を打ちながら考えていると、雄叫びを上げながらオーガが接近してくる。そして暗い通路の中でも鈍く光る爪を俺の頭に向けて振り下ろしてきた。


 その腕が俺に触れる前に、大きく踏み出した一歩で走っていた自分の勢いを全て殺す。そして上半身を軽く仰け反って赤鬼の腕を避けると、もう片方の足でオーガの胴を蹴り上げた。


「グルエッ!?」


 声を上げながら少しだけ浮き上がった鬼の顔を、体勢を戻すと同時に殴りつける。次の瞬間には魔石に変わっていたその姿を一瞥いちべつすると、また足を動かして走り出した。


「この先にいるのがその……ジークって魔人なのか」


 個人的にはアトラ、ではなく黒魔騎士について聞きたいことの方が多い。しかしここで考えなければいけないのはジーク・グレイオ・フリードなのだろう。


 そんな気持ちで呟いた言葉に、後ろからぴったり等間隔で付いて走るリナリアは答えた。


「ええ、とても厄介な敵よ。……本当に行くのね?」


 彼女のその言葉は不安、というよりも意思を確認する様なものだった。俺は今さら迷うことも無いと考えて顔を少し後ろに向けると、頷きだけを返した。


「そう……なら行きましょう」


 彼女の声に応えて少しだけ速度を上げつつも、待ち受ける敵について考える。


 ジークが近距離戦闘を得意とする剣士ならば防御に秀でた結晶魔法との相性は悪くはないが、魔法を打ち消すことが出来ない以上良くもない。


 しかし今は転移魔法が数回だけでも使えるのだ。それを思えば隙を作ることも逃げることも十分に出来るだろう。


 頭の中で知らない敵へのシュミレーションを何度も組み立てながら、強敵と戦わなければならない事に対する不安を打ち消していく。


 これほどの強大な力を持たされても、未だに強者と戦うのが怖いのも本当だ。死の恐怖が心をむしばんでいく感触が確かに存在する。


 すると俺のそんな考えを読んだかの様なタイミングで、頭の中にウラニレオスの声が響いた。


『……それでも、其方は助けるのだろう?』


 もうかなりの窮地を一緒に乗り越えてきた相棒は、今更多くを語ることはなかった。決断の心を強く持たせてくれるレオの一言に、少しだけ自分の頬が上がる。


「ああ……そうだな」


 もう先程の様に揺れ動かなくなった心を確かめて笑みを浮かべていると、ふと通路の先に広い空間が見えた。


 身体を動かす速さは変えないまま警戒を強めて突入すると、ドーム状に広がるその部屋には見知った姿が視界に入る。


「……っと、カケロスにサジルか。早かったな」


 足を止めながら、座り込む二人に声を掛ける。するとカケロスが手を振りながら答えた。


「いや、ほんの数分前だよ。……って、早く魔道具付けなきゃ」

「あっ、確かに……忘れるとこだったわ」


 おそらく俺の後ろにリナリアを見たのだろう、彼女の魔力による影響を阻害する魔道具を首に下げていた。


「……さて、じゃあ急ぐか」


 あまりゆっくりもしていられないと声を掛けると、全員から同意の頷きが返ってくる。それを確認すると、下へと繋がる階段へと進んでいった。 

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