3-41 分岐した道①


「なぁー、先輩よぉー」


 湿った道を駆け抜けながら、息を乱さないサジルの声が響く。


「「グゴオオオオォォォ!」」


 だがそれに応えて曲がり角から出てきたのは二体のオーガだった。獲物を視界に認めた赤い鬼たちは嬉々として飛び掛かる。


「グエッ!?」


 しかし後ろに居た筈の一体が奇声を上げた時、その身体には三本の矢が刺さっていた。


 光の粒子となって暗い通路を照らした仲間には気付かずに突進を続けたもう一体のオーガは、近い位置にいた栗色の髪を揺らす少年に向かう。


 その鬼の表情が笑みに歪んだと同時、赤い目に映る景色は通路一杯に広がった巨大な岩の様なもので覆われた。


「グギッ……!?」


 自らに迫る巨大な物の正体にオーガが気付く前に、その命は潰されて消える。岩だと錯覚してしまったそれは通常の何倍もの大きさの槌だった。


 大槌を振りかざしたその少年、カケロスが振り下ろした槌を持ち上げると同時に手のひらに収まるサイズへと戻る。


 そして一息ついた彼は再び走り出すと、大きなみどりの瞳を後ろに付いてくるサジルへと向けた。


「サジルに先輩って呼ばれる意味がわからないんだけど……なに?」


「冷たいこと言うなってー」


 呑気な会話をしているが、彼らは今も全力疾走中である。傍から見れば息一つ乱さない二人は異様な光景に映るだろう。


 ちなみに現在彼らの首には魔道具のアクセサリーは付けられていない。リナリアの魔力を受ける距離ではないし、戦闘中に自身の魔力を阻害しない為だ。


 サジルは前を走る少年に向けて言葉を続ける。


「アイツ……ハルカとリナリアってどういう関係なんだ?」


 しかし彼の言葉を聞いてカケロスは大きなため息をついた。


「はぁ……知らないよ、僕もリナリアとは出会ってそこまで時間が経ってないし。ここから生きて帰れたら本人にでも聞いたら?」


「グギャッ!?」


 呆れた声を出しながらも、カケロスは自分の魔道具を振る。すると飛び出してきたオーガが巨大化した槌によって潰れて魔石へと変わった。


 狭い通路ではあまり真価を発揮できない魔道具だが、オーガを倒す分には十分過ぎる程の威力は持っている。


「まぁその通りなんだけどよ……じゃあお前とハルカはどういう関係なんだ?」


 サジルが口にした疑問に、カケロスは訝しむ視線を向けて答えた。


「……どうしたのさ、さっきから急にそんな話」


 悠長に話している様にも思えるが、彼らの視界に映ったオーガは数秒と経たないうちに命を刈り取られている。


 そんな短い戦闘と会話を繰り返している彼らだったが、突然開けた空間へと出た。


「ここは……おい、アレ!」


 するとサジルが何かに気付いた様子で声を上げる。彼の筋肉質な腕が指し示すのはこのドーム状の空間の一番奥、それは下へと続く階段だった。


「間違いない、地下二階への入り口だね……」


 カケロスの言葉にサジルは頷いて応える。そして少しだけ考える素振りを見せて口を開いた。


「どうする、先に進むか?」


 しかし直ぐにカケロスは首を横に振ってその提案を否定する。


「いや、ここで待とう。レイさんの話によるとこの遺跡は階層一つにつき階段は一つしかないらしい。そうするとハルカ達はまだ来てないってことでしょ」


 二人が来た道と下に続く階段の他に、この空間に繋がる通路がもう一つある。おそらくそれがハルカ達が来る道だろうとカケロスは考えた。


「あーそういえばそうだったな……なら待つか」


 そう言って腰を下ろしたサジルは、周囲に敵がいないことを確認すると魔道具の弓を地面に置く。


 リラックスしながら軽い体操を始めた彼に続いて、カケロスも座って休憩を始めた。


 しばらくの間、無言になった二人によって静寂が訪れる。すると風すら通らない遺跡の静かすぎる空気に耐えかねたサジルが声を上げた。


「……おいっ、結局さっきの話を教えてくれないのか!?」


 どうやら先程の会話の続きを期待していた彼は、一向に話す様子を見せないカケロスにしびれを切らしたらしい。


「えー諦めたんじゃなかったの」


 心底面倒くさそうな顔を見せたカケロスは、絶対に諦めないと凝視するサジルの様子にため息を漏らした。


「はぁ、わかったよ……と言っても、僕個人はそこまで付き合いが長い訳じゃないよ。僕のおじいちゃんの知り合い……っていうのが正しいかな?」


 するとそれを聞いたサジルは首を傾げる。


「へぇ、そうなのか……でもハルカを探しに三国連合からはるばる来たんだろ? 普通そこまでするもんか?」


 そんな言葉を掛けられたカケロスは数秒の間、黙って考えた。彼は未だに目の前の男にどこまで話して良いかを迷っていたのだ。


 サジルが悪い人間だと思っている訳ではなく、その人格はむしろ好感が持てる部類なのは彼も十分に理解している。


 しかしクリスミナ王族に生き残りが存在することが広まるリスクもカケロスは理解していた。ましてや最前線となると、どんな混乱を呼び込むかわかったものじゃない。


「さぁ、ね……」


 結果としてカケロスは、ハルカの核心部分についての言葉を濁した。


 この先の四天魔との戦闘でハルカが戦えば察するかもしれないが、本人の意思ならばそれで良いだろうとカケロスは考えたのだ。


 そうして納得のいかない表情のまま灰色の瞳を向けてくるサジルを無視してカケロスは話を切り上げる。


 こういった時に限ってオーガの襲撃が来ることは一度もなく、二人の間に流れる微妙な静けさはハルカ達と合流するまで続いた。

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