3-39 選抜と策
ヌーラの遺体をゆっくりと壁にもたれさせた後、俺は口を開いた。
「ヌーラの言っていた内容を考えると、一刻も早くレイさんに伝えなきゃいけないことだろう。でもイオナさんの方も残された時間はなさそうだ」
俺がそんな話をすると、サジルが横から問いかけてくる。
「まぁその通りだが……本当に四天魔を相手にするつもりか?」
その言葉に、俺は少しだけ考え込んでしまう。
以前マグダートで四天魔であるアトラと戦った時ですらレウスとエルピネ、アイリスを加えても一方的に負けたと言っても良い。何より、アトラは俺達を殺すつもりなどなかった。
それを考えても、詳しくは知らないが四天魔の一人と正面から戦うのは現実的ではないだろう。
アトラの様に魔法が効かないことはないだろうが、それでも危険なことは変わらない。
すると頭の中から久しく聞いてなかったアストの声が響いた。
『ハルカ一人位であれば、それなりに『転移』を自由に使うことが出来る程には回復しているぞ』
「本当か!?」
突然の朗報に思わず大きな声を出してしまった。当然だがアストの声が聞こえていない皆は一斉に怪訝な目を向けてくる。
「いやっ、気にしないでくれ。なんでもない」
それを何とか誤魔化しながらも、もう一度考えを整理した。
「転移が使えるのなら、逃げ切ることは出来るか……?」
このダンジョンは少し迷路の様な構造もあるが、一本道が長く続くこともある。下の二・三階層も同じであれば転移の使いどころは多い。
見える範囲でならノーリスクで移動することが出来る転移魔法は、逃走だけに用途を絞れば最適な手段だろう。つまり俺が最後にその四天魔を足止めすることさえ出来れば逃げ切るのも可能ではないのか。
クリスタルの鎧など、結晶魔法で防御に徹すればそれなりの時間は稼げるだろう。
もし戦闘中に隙を作る事が出来れば逃げ切り作戦が成功する可能性は十分にあった。
だがもう一つの考えるべきことはレイを含めたイクス王国への伝達役だ。早急に迫る危機を伝えれば避難することは出来るかもしれない。
「……ここからは別行動にしよう」
イクス王国に戻る部隊と、このままダンジョンを攻略する部隊。
だが道中のオーガに負けない伝達役も必要だが、この先に居るはずの四天魔相手に隙を作れる人を残さないといけない。
「別行動?」
聞き返すリナリアの声に頷いて応えながら、言葉を続ける。
「ヌーラの警告をレイさんに伝える人と、このままイオナさんを助けに行く人だ」
「おいおいマジで戦うって言ってんのか!?」
激しい声を発しながら掴みかかろうとする彼の腕を、掴み返した。そして無意識に低くなる声を抑えながら言う。
「本気だ」
「――っ!?」
突然の俺の行動に驚いた表情は見せたものの、その腕の力は入ったままだった。それに対抗しながらも声を発した。
「イオナさんを助けないとここまで来た目的が無くなる。それに策がない訳じゃない」
「策だと? 四天魔に対抗できる様なとんでもねぇ策があるなら是非聞かせてもらいたいねぇ」
八重歯をむき出しにして言葉を返すサジルに、俺も続ける。
「イオナさんを戦闘から離脱させることができたら、俺が
しかしその内容は、サジルの琴線に触れるものだったらしい。彼の額に浮き出た血管がその怒りを現していた。
「はぁ!? お前、自分を見捨てろって……」
サジルの怒りの理由は彼の優しさからくるものなのだと最近やっとわかってきた。直情的ではあるが本当に性格に曲がりの無い男だと感心する程に。
「まぁまぁ落ち着きなって」
だがそんなサジルの勢い余った言葉を止めたのはカケロスの声だった。
「ねぇハルカ、何か考えがあって言ってるんだよね?」
いつもの軽い口調だが、その
「あぁ。だから任せて欲しい」
俺が一人で魔王の右腕を相手にどれだけの時間を長引かせられるかという力技でもあり無謀かもしれない策だが、勝機はある。
少しだけ間を置いたカケロスは、またいつもの笑顔に戻って答えた。
「……そっか、なら大丈夫だね。僕もついていくよ」
するとそんな彼に追従してリナリアも手を上げる。
「じゃあ私はダンジョンに進む組で。イオナさんが助からないと私自身の体調のことも振り出しに戻っちゃうし」
立て続けに俺の提案に乗った二人を見て、サジルは眉に込める力を強くする。
「……あーー! もうわかったよっ!」
だが少しだけ静かな時間が流れた後、彼は突然声を上げた。そして俺が掴んでいた腕を振り解くと、ゆっくりと口を開いて言う。
「俺も行く。狙撃手がいれば隙は作り
「助かるよ、ありがとう」
「けっ、お前の為じゃねぇよ!」
そっぽを向いてしまったが、彼の心遣いに感謝しているのは事実だ。そのあまりにも子供っぽい態度に思わず笑ってしまったが。
すると一連のやりとりを見ていたジェミリオが自分もと手を上げる。
「えっ、それなら俺もっ……」
おそらく彼がそう言うだろうということは予測していたが、それを受け入れることは出来なかった。
「いやジェミリオ、君はイクス王国へ戻るんだ。ラノンとカトルも連れて」
ミッドナイツのメンバーは俺を含めた他の四人に比べて戦う力が足りないのは彼らも理解している筈だ。ジェミリオだけなら四天魔相手にも足手まといにはならないのかもしれないが、それでも厳しいのは間違いない。
「なっ、どうしてですか! 足手まといにはなりません!」
「「……」」
俺の言葉にジェミリオは抵抗の意思を見せたが、他の二人は複雑な表情を浮かべたまま黙っている。
彼らの表情に含まれるのはおそらくだが一緒に戦えないことへの罪悪感と、少しの安堵だろう。
少しの間だが行動を共にして、彼らが心根の優しい子達なのは十分にわかっていた。そしてもし俺が付いてこいと言えばついてきたかもしれない。
しかし先程『四天魔』という名前を聞いた瞬間から、ジェミリオを含めた彼らの顔が強張ったのを見ていた。命の危険を覚悟したギルド員といっても、それはきっと正しい反応だ。
口を結んで耐える様な表情を見せるカトルに、拳に力が入っているラノン。二人は真っ直ぐな瞳で見つめながらも口を開かなかった。
きっと彼らには、四天魔と戦えるだけの力も心もない。しかしそれは責められることではないだろう。
「師匠が危険な目に合うのに俺はっ……!」
そしてなおも食い下がるジェミリオに向けて出来るだけ落ち着いた声音で言う。
「ジェミリオ、足手まといと言っている訳じゃない。ここからイクス王国に引き返すのだって危険な道だ」
ダンジョン内でもオーガは徘徊しているが、数が想定よりも多くないのはきっとイオナ率いる討伐隊のお陰だろう。
ミッドナイツの三人ならそこを突破できる。不意打ちさえなければ、彼らの戦闘能力の高さなら問題はない。
だがジェミリオが居なければそれすらも難しくなってしまうだろう。
「だからこそ、ジェミリオの力が必要になる。それに素早くレイさんに伝えることが出来れば、少しでも多くの住民が避難できるかもしれない」
俺達が逃げ切れたとしても、その後に王国が狙われれば意味がない。戦力の無いイクス王国に残された道はオーガによる虐殺だけだ。
「だから頼まれてくれないかな。ジェミリオが出来ると思ってるから頼んでるんだ」
「……っ、わかり、ました」
俯いたジェミリオは自らの青い前髪に表情を隠しながら、元来た道へと振り返った。そして旧知の二人へと呼びかける。
「お前ら、行くぞ!」
彼はそのまま駆け出した。他の二人も追いかけようとするが、一度だけ振り返る。
「必ず、伝えますからー!」
大柄な自らの手を振りながらラノンはいつものゆったりとした口調でそう残す。
「……無事を、祈ってます」
遺跡の明るさでも輝く金の髪を揺らしてカトルが普段よりも張った声で言った。
二人に頷きを返すと、彼らは見えなくなりかけていたジェミリオの姿を追いかけて足を前に進める。
しばらくするとこんな暗い廊下では直ぐに三人の姿が見えなくなったが、少しの間だけ彼らの戻った道を見ていた。
そして直ぐに気持ちを切り替える。
「……さて、時間を使いすぎた。急ごう」
吐き出した言葉と共に、反対側へと全力で駆け出す。
少しだけ身体に流した魔力が繰り出すスピードで遺跡の空気を切り裂いて進むが、他の三人もしっかりと付いて来ている。
やはりこの人選で間違いはなかったらしい。
笑みに上がる自分の頬を抑えながら、緊張感を崩さない様に突き進む。すると目の前に二つの分かれ道が見えてきた。
勢いを止めないまま声を張って後ろに呼びかける。
「俺とリナリアは右、カケロスとサジルは左に分かれよう! もし下の階へと進める階段を見つけたら下りずに合流するまで待ってくれ!」
咄嗟に出した提案だったが、直ぐに全員が息の乱れすらなく同意の言葉を返してきた。
「わかったわ!」
「りょうかーい!」
「オーガ程度に殺されるんじゃねぇぞ!」
そして俺達は二手に分かれ、薄暗いダンジョンの廊下を疾走する。イオナがまだ四天魔の一人に耐えていることを願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます