3-32 賑やかな道中


 ずっと連れていけと騒ぐサジルをとりあえずは放置しておき、必要な分の食料などを買い揃える。


 初めは信じられなかったのだがどうやら本当にラノンは商会の息子だったらしく、一時間ほどが経った頃には町の門付近に立派な馬車が用意されていた。


 馬車と繋げられている一頭の大きな馬は手入れが行き届いているのか艶のある黒毛を風に流している。


 更には『ミッドナイツ』の面々が普段使っている野営道具まで用意して積んであるらしく、もうお金を払った方が良いかなと本気で迷っていた。


「いや本当に助かるよ……」


「気にしないでくださいって! 俺達は師匠に付いて行かせてもらう立場なんすから、このぐらいは当然です!」


 胸を張って話すジェミリオの言葉にラノンとカトルも頷いて同意してくれる。


 だがそんな中で割り込んでくる声があった。


「いやぁーお前達も中々使えるじゃねぇか。これで随分と楽になるな」


 当然の様に話すサジルは、どうやら本当についてくるつもりらしい。そんな彼の目を見て、ため息を吐くのを堪えながら口を開く。


「お前……いつまで一緒にいるつもりなんだ?」


「まぁまぁ、そんな固い事を言うなって! 俺はそれなりに腕が立つぜ?」


 腕に力こぶを作って言葉を発したサジルだったが、俺が気にしているのはそんなことではない。


 以前傭兵ギルドで初めて会った時、目の前の男がリナリアを理由に俺へと突っかかってきたことだ。


 なのに今度は一緒に行動したいとまで言うその目的が全く読み取れず、そんな怪しすぎるサジルをわざわざ連れていく気にはなれなかったのだ。


「一体何のために付いて行きたいんだ? お前はリナリアのことを嫌っているんだろ?」


 魔女を避けたいのであれば尚更俺達に付いてくる意味が分からずに問いかける。


「いやぁ、実はそういう訳じゃないんだけどな……まぁ気にすんな! 早く出発しようぜ!」


 だがサジルは俺の問いに真面目に答えることはなく、勝手に馬車の中へと乗り込んだ。


「あっ、ちょっと待てって!」


「いいからさっさと行くぞっ!」


 制止の声も聞かずに一番乗りで馬車の中で座り込んだ彼は、自分の席を陣取ってそう急かした。


 勝手過ぎるその行動に思わず長いため息を吐く。


 しかしサジルは他のギルド員と違って明確にリナリアへと悪意の目を向けていた訳ではないことを考えると、特に問題はないのかもしれない。


 何よりもこれ以上彼を相手にして時間を取られることの方が面倒だ。


「はぁ……わかったよ。けど何かあったら無理やりにでも降ろすからな」


「おう、ありがとな! やっぱりお前は話のわかるヤツだと思ってたぜ!」


 そんな調子の良い返事をするサジルにまたしてもジェミリオとカケロスが口喧嘩をしに馬車の中へと入っていく。


 彼らの様子を見ながら二度目のため息を吐いた時、隣にいたリナリアから小さな笑い声が聞こえてくる。


 視界に映った彼女は何故か、楽しそうに笑っていた。


「ん、リナリア? 何か面白いことでもあった?」


 すると俺の声に大袈裟なまでに驚いていた彼女は、無意識だったのか呆けた様子で口元を手で押さえる。


 リナリアの不健康なまでに白い肌はみるみるうちに赤く染まっていった。


「い、いやっ大したことじゃないの! ……ただ賑やかで良いなって」


 そうしてまた笑みを浮かべる彼女に釣られて自分の口元も笑みの形へと変わっていくのがわかる。


「そっか……じゃあ行こうか」

「ええ、行きましょうっ」


 乗り込む前、御者席に座るラノンに一度頭を下げる。


「ごめんなラノン、操縦まで任せてしまって」

「いえいえー。僕に出来ることはこれくらいなので、お役に立てて嬉しいです」


 恩返しというにはもう十分過ぎる程のことをしてくれた気もするが、今回だけは素直に受け取っておくことにする。


 そうしてイル・レーヴェの外門近くで準備をしていると、いつもの門兵の男性が声を掛けてきた。


「おっ、今日は遠出かー? あんまり大陸の中央には近付くなよー」


 毎度のことながら砕けた口調の彼は、単純に心配してくれているのだろう。その忠告を有難く思いながら言葉を返した。


「了解です、気を付けます!」


 そしてサジル、ミッドナイツの二人、リナリアの順で乗り込んだ馬車の中へと足を踏み入れると、見計らったかの様なタイミングで動き始める。


 丁度太陽が空の真上へと昇った頃、俺達はイル・レーヴェの外へと出た。


 すると直ぐに御者席のラノンから声が掛かる。


「一応数日分の蓄えはあるので最短距離で向かっても良いと思いますが、『ラ・レーヴェ』に寄る道もあります。どっちにしますー?」


「ラ・レーヴェ?」


 聞いたことの無い名前に首を傾げていると、向かいに座っているカトルが静かな声で説明してくれた。


「ラ・レーヴェは帝国に占領される前の王都です。レーヴェ王国はラ、イル、エルの三つの町で構成された国でした」


「へぇ……じゃあレーヴェって結構大きい国だったのか」


 思ったままの言葉を口にすると、カトルは静かに頷いて続ける。


「イル・レーヴェは帝国に近いからまだしも、他の町は遠すぎてあまり帝国からの移民も進まずに治安が悪いままです。通る利点もないのであまりおすすめしませんが……」


 彼女が言うことを考えると確かにわざわざ通る必要もなさそうだ。


「ラノン、最短距離でお願い!」


 少しだけ遠い彼にも聞こえる様に大きめの声で言うと、「はーい」という間延びしたラノンの返事が耳に届いた。


 だがその時、身を乗り出したサジルが口を開く。


「お前達、本当に平気なのか……?」


 初めて見るその真剣な表情は、まるで何か大事なことを伝えようとしている様だった。


「ハルカ、やばいかもしれない……」


「な、なにか問題でもあるのか?」


 サジルの強烈な気迫に息を飲みながらもそう尋ねると、彼はゆっくりと言葉を放つ。


「限界。吐く」


「はあっ?」


 そして彼は馬車を飛び出していった。


「うおおおえぇぇえええええっ!」


 一面が緑に染まる草原の中、風の音に紛れて一人の男の嘔吐する声が響き渡る。


「あっ……」


 先程のサジルの言葉が頭を駆け巡っていた時、ある重大なことを思い出した。それは俺達は平気でサジルには平気じゃなかったこと。


 彼の首元には、カケロスの作った魔道具はなかった。


「渡すの忘れてた! ごめんねサジルのお兄ちゃん!」


「うええええおおおえぇぇえええええっ!!」


 あっけらかんと言い放つカケロスへとまるで抗議するかの様に強烈な嘔吐の叫びが辺りへと広がった。


「はっはっはっ! 『銀弓』がこのざまか! はっはっはっはっ!」

「閲覧注意……あとジェミリオは笑いすぎよ」


 ジェミリオが嬉しそうに声を上げ、カトルが目を逸らす。


「本当にごめんなさい……」


 そんな混沌とした状況のなかで、リナリアが申し訳なさそうに言葉を零していた。

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