3-33 弓と魔道具
草原をゆっくりと歩く赤い鬼の影が二つ。
遠くから見れば人間の様にも思えるが、肥大化した顔や腕からはオーガであることは容易に理解できる。
そんなオーガの片割れは、後ろから飛来した物体によって頭を貫かれて絶命した。
突然に自分の仲間が物言わぬ魔石へと変わり果てて警戒したもう一匹のオーガは周囲を見渡す。
すると同じ方向から放物線を描いて自らに飛来する何かに気付く。
オーガはそれを慌てて避けようとするが、当然その矢が速度で上回る。
しかし直前で動いたのが幸いしたのか、その矢はオーガの頭ではなく肩を貫いた。
当然その魔物は自らを害した矢の方向に殺意を向ける。だが草原の先に見えたのは小さな一つの黒い点だけ。
間違いなく敵だが、あまりに距離が遠すぎた。
そこで野生の本能にも似た直感で危険を察知したのであろうオーガは、一目散に反対側へと逃げようとする。
赤い鬼が不格好な一歩を踏み出した時、太陽が草原に映す光の中に自分の影に近付く細い矢の影を見たことだろう。
オーガは呻き声すら上げることなく魔石へと変わっていった。
「……本当に、良い腕だな」
おそらく百メートル以上離れているのであろう二つのオーガは、数秒の間にその姿を消していた。
思わず出た感嘆の言葉を、隣で弓を構えていたサジルへと送る。
「そりゃあ俺の腕ならこの程度は余裕だぜ、何年この弓で生きてきたと思ってる」
弓を構えている時は一度も言葉を発しなかった彼は別人の様に調子づいて話していた。
周りで眺めていたミッドナイツの三人も驚きの表情が顔から離れないでいる。
「いや化け物かよ……」
ジェミリオがそう呟くと、先程のお返しとばかりにサジルは得意げに笑っていた。
「はっ、やっと俺様の凄さがわかったかよ! 今時近付いて攻撃なんてのは時代遅れ、これからは弓の時代だぜ」
彼はそう言ってジェミリオの頭を乱雑に撫でる。だがわざとらしく子ども扱いされたと勘違いしたのであろうジェミリオが反撃に出た。
「な、なんだと! お前だって近付かれたら何も出来ないだろうが!」
「はぁ? 俺が相手で敵が近づけるとでも……」
口を開けばすぐ喧嘩している彼らを見て、逆にもう一番仲が良いのではないかと思ってしまう。
そんな彼らを見て呆れているカトルとラノン、何故か笑っているリナリアと今日何度目かもわからない空気に思わずため息が漏れた。
だがそんな中でも、普通ならジェミリオに加勢しそうなもう一人の姿がいつの間にか見えない。
「あっ、お前あんまり雑に扱うなって……! おい返せ!」
周囲を見渡していると、突然焦った声を上げたサジルの声が耳に届く。
視線を向けるといつの間にか彼の背後に回ったカケロスが、サジルの背中にあった銀の弓を奪い取っていた。
しかし悪戯をする訳でもなく、真剣な顔つきでそれを触っている。
どうやら純粋な探求心でその弓を見つめていたらしいカケロスは、奪い返そうとするサジルから逃げながらも口を開く。
「サジルさぁ……これも魔道具だよね?」
唐突にカケロスから投げかけられた言葉にサジルは思わず足を止める。
「お前、そんなことがわかるのか?」
その言葉に目を見開いて、サジルは返事をした。
おそらく彼は今までのやり取りでカケロスのことをただの子供以上には思っていなかったのだろう。
普段とのギャップに驚く彼を放置してカケロスは続ける。
「うん、作れるかどうかは別だけどね……たぶん距離に合わせて威力を調節してくれる
「すげぇな……その通りだよ。魔力を流すと弓の硬さが変わって、より遠くまで飛ばせるって魔道具だ」
一瞬で性質を見抜いたらしいカケロスの言葉を聞いて、本当に感心した様子でサジルは頷く。
だがカケロスの言葉はそれだけでは終わらなかった。
「でもさっき使ったのはこの魔道具だけじゃないよね?」
「なっ、お前そんなことまでっ……!」
顔を引きつらせて答えるサジルだったが、カケロスはそんな彼の腕に付けられたブレスレットの様なものを指し示す。
褐色の肌に映える黄金の腕輪は、よくよく見れば中心に魔石がはまっていた。
「それが矢を作る魔道具かい?」
「……末恐ろしいガキだな。大正解だよ……」
そんな言葉と共に、彼は微弱な魔力を魔道具へと込める。仄かに黄色に輝くその魔石が発する魔力の属性は『土』。
魔石が鼓動の様に輝きを増した瞬間、彼の手には黒く細長い矢が握られていた。
「弓矢における矢っていうのは違いがあってはいけないんだ。重さや長さ、太さなんかもズレると精密な射撃は出来ねぇ。まあ戦争なんかじゃ数を射てば良いから関係ねぇが……」
一息ついたサジルはまた同じ矢を作り出す。そして二本ともカケロスへと手渡した。
「それを魔道具で解決したのがこれだ。まあ貰ったものだから代用出来ないのが厳しいが……」
するとサジルの言葉を聞いたカケロスが当然の様に言う。
「発想は単純で、属性が土の人が使うなら複製は可能かも知れないけど……でもこれ程の精度が必要なら、ダイドルンの帝都に豪邸が建つぐらいの金額だと思うよ」
「はぁ!? でも先輩が言うのなら本当なのか……?」
あまりのスケールの大きさにジェミリオがよくわからない表情を浮かべていたが、サジルは何となく理解はしていたらしい。
「やっぱりそれくらいの価値はあるよな……やっぱり大事にしねぇとな」
「うん、貰った人に感謝しておいた方が良いね」
満足したらしいカケロスは笑顔で銀の弓をサジルへと返した。
「それにしても……」
銀弓を受け取ったサジルは何故かカケロスの肩を組んだ。
背の低いカケロスに合わせているせいか覆い被さる形になっているのでどことなく犯罪の臭いはするのだが。
「お前なかなか見る目あるじゃねぇか、気に入ったぜ。俺が直々に弓のことを教えて……」
「ちょっと、重いんだけど……」
まるで同志が出来たとばかりに執拗に絡むサジルと、完全に迷惑そうな顔をして払いのけようとするカケロス。
それを眺めていたカトルが、小さく言葉を漏らした。
「まさか……サジルさん、カケロス君の事が気に入ったって……そういう意味で!? 同性だけならまだしも、彼はまだ子供っ……!」
何故か語尾でテンションが上がっていたカトルは、途轍もない誤解をしているらしい。
しかし彼女の言葉の意味を理解して信じてしまう察しの良い馬鹿が一人だけいた。
「そ、そういうことだったのか……! でもやっぱりカケロス先輩の合意がないと駄目だと思う……思いますよサジルさん……」
ジェミリオの言葉で、サジルはやっと自分が掛けられている誤解に気付いたらしい。
「おいカトルにジェミリオ、お前ら絶対何か誤解してるだろ! それにジェミリオはわざとらしい敬語やめろや!」
本気で逃げる二人をサジルが追いかけまわしていたが、やがて休ませていた馬車へと乗り込んだラノンの声が響く。
「もうそろそろ出発しますよー!」
その言葉で漸く鬼ごっこを終えて馬車に乗り込んだ彼らは三人とも
息を切らす彼らを見て苦笑いを浮かべていると、隣でリナリアも笑っているのが見える。
出発してからちょうど一日が経ったが、彼女はとても笑顔が増えたようにも思えた。
それからしばらく外の景色を眺めていると、風景の質が少しだけ変わっていることに気付く。
青々とした草原ではなく、所々に生えた雑草のみが彩る土の大地が視界に広がっていた。
「そういえばリナリア、今はどのあたりにいるのかわかる?」
外の様子も含めてそう問いかけてみると、リナリアは少しだけ考える素振りを見せる。
「少し前に通り過ぎていた場所には見覚えがあったから、たぶんレーヴェの国境近くだと思う。イクスまではあと少しだと思うわ」
そうして俺達は、旧クリスミナ領へと足を踏み入れた。
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