3-31 Premonition②


[視点:リナリア]



 宿から手を振って見送るセルナの姿が見えなくなった所で、私達は突然若い三人組に囲まれた。


 人通りの少ない道で偶然がほぼあり得ないことからも、明らかに私達が目当てと考えても良いだろう。


「あれ、君達って確か……」

「あなた達っ、一体何の用……?」


 ハルカが何かを言いかけていたが、今までこういった状況では敵意しか向けられなかった為に反射的に溢れさせた魔力で威圧してしまう。


「う、うわあああ! ちょっと待って下さい! 俺達は怪しい者じゃないですって!」

「ご、ごめんなさいっ!」


「えっ……?」


 男二人女一人で構成された彼らは、私に魔力を向けられて拍子抜けする程に怖がっていた。


 少なくとも私を襲おうとする者達が、私の魔力のことを知らないということがあり得るのだろうか。


 そこまで考えて初めて、自分の勘違いの可能性に気付いた。


 するとハルカが苦笑いの様な表情を浮かべて謝ってくる。


「ごめん、この子達は俺の知り合いだよ。昨日会ったばっかりだけど……」


 ハルカの説明によると、彼らは三人とも傭兵ギルドのメンバーで『ミッドナイツ』というチームを組んでいるらしい。


 少しだけ年下の様にも見える青髪の青年はジェミリオ。あまり堅苦しいのが好きじゃなさそうな印象だが、ハルカを見るその瞳は尊敬だろうか。


 彼と同じ年齢らしいがかなり老け顔の大柄の男性はラノン。見た目よりも話し方が温厚そうな印象を受ける。


 そして唯一の女性で彼らと幼馴染というカトル、肩まで伸ばす金の髪が眩しい彼女の瞳には静かな知性を宿していた。


 昨日彼らがオーガによって取り囲まれてしまった時、ハルカとカケロスによって助けられたとのことだった。


 だが何よりも衝撃だったことが一つ。


 ハルカが気を遣って私から彼らを少しだけ遠ざけていたが、ミッドナイツの誰一人として私と向き合ってくれることだ。


 しっかりと目を見て、きっと気分が悪くなっているだろうにそれを窺わせない。


「いやぁーハルカ師匠のことをギルドで聞いたら、くだらない悪口を混ぜてリナリアさんについても教えてくれたんですよ。まあでも、最近この町に来た俺達は『魔女』なんて気にする必要もないかなって」


 とはジェミリオの話だ。


「本人の前で魔女って失礼でしょ!」とカトルに頭を叩かれながらラノンに小言を貰っていた彼だが、その言葉はとても嬉しいものだった。


「え、ちょっとまって師匠とか恥ずかしいからやめて……」


 ハルカが本当に恥ずかしそうにして止めるが、ジェミリオは「もう決めたことです!」と譲らない。


「ねぇ僕も助けたんだけど、師匠じゃないのぉ?」


 口を尖らせて不満を放つカケロスに、ジェミリオ困った様に頭を掻く。


「えーカケロスさんは……じゃあ先輩で」


「うーん……いいね先輩、許す!」


 どうやら気に入ったらしいカケロスは嬉しそうに飛び跳ねている。


 そんな光景を思わず頬を緩ませながら見ていると、カトルが何かを思い出したかの様に口を開いた。


「そういえばハルカさん達はこれから何処に行くのですか?」


 彼女の問いにどう答えるか悩んでいたのだろうハルカは少しだけ間を置いてから、特に隠すことなく告げた。


「俺達は今からイクス王国まで行くんだ」


「イクス王国!? 師匠はなんでまたそんな遠くに……」


「ちょっとした目的があってね。少しだけ急ぐから、もし俺に用があるなら帰ってきてからにしてもらっても良い?」


 ハルカがそんな言葉と共に去ろうとすると、ミッドナイツの三人は顔を見合わせて頷く。


 何かの意思疎通をしたであろう彼らはハルカの前に立ちふさがって、一斉に頭を下げた。


「「「一緒に連れて行って下さい!」」」


「へっ……?」


 三人のぴったり揃ったそんな言葉に、ハルカは力の抜けた声を上げた。


「……いやいや、君達はイクス王国に用事なんてないだろ!?」


「それでも良いんです! 師匠の足手まといにはなりませんから一緒に行動させて下さい!」


「えぇ……」


 ジェミリオの何としてでも付いて行くという雰囲気を持った言葉を受けてハルカは戸惑っている。


 するとまだ押しが足りないと判断したのか、ジェミリオは次の一手を打った。


「それに……旧クリスミナ領の方向には商隊も出てないし、もしかすると徒歩で行くつもりだったんじゃ?」


 予想外の所を突いてきた彼の言葉に、私もハルカも一瞬だけ動きを止める。その一瞬を逃さなかったジェミリオは一気にたたみかけた。


「実はラノンの実家がそれなりの商店の主でして……必要でしたら一台だけ馬車も用意出来ますよ?」


 これには本当に驚いた。ハルカがラノンの方を見ると、ゆっくりと彼は頷いて返したので事実らしい。


 そして最後にカトルが口を開いた。


「私達が付いて行きたいというのは完全にワガママです、もし邪魔に感じれば途中で捨てても構いませんので……」


 息の合った連携技にとうとう判断を任せる様にハルカは視線を私に向けた。


 正直なところ、彼らが一緒に来るだけで馬車が使えるのは魅力的な提案だろう。


 一番の懸念は私に近付く機会が増えることで魔力の影響を受けてしまうのではないかという事だけだ。


「カケロス君、あの魔道具って三つ余分に作ることは出来る? お金はちゃんと払うよ」


 そう小声で問いかけると、彼は満面の笑みで頷いた。


「もちろん出来るよ! それにお金は大丈夫」


 同じ声量でそう返したカケロスは、ミッドナイツの三人に先程の魔道具を渡していく。


「とりあえずみんなこれ付けて、楽になるから。昨日の魔石は全部貰っちゃったからそれのお返しだね」


 この場の最年少である彼の言葉に素直に従って、三人は首に魔道具を掛けた。すると直ぐに三人とも効果を実感することになる。


「うわ、本当に楽になった。流石先輩……」

「ありがとうカケロス君」

「失礼になっちゃうけど……これでちゃんと話せる」


 彼らの声を聞いているとやはり無理をさせていたことがわかって申し訳ない気持ちになる。


 しかしこれで心配することが無くなった私は、ハルカへと了承の意味を込めた頷きを返す。


「でも、どうしてそこまで俺達に付いて行きたいの?」


 するとまたしても彼らは声を揃えて言った。


「師匠と強くなるため!」

「僕も、何か恩返しを……」

「ハルカさん達ともっと話したくて」


「いや目的は同じじゃないのか……」


 仲が良いのだろう三人の姿を見ていると、本当に良い子達なのだろうと実感する。


 きっと同じ事を思ったのであろうハルカも少しだけ笑みを浮かべながら、改めて三人に言った。


「馬車まで出してもらえるならこっちがお願いする側だね……これからよろしくお願いします」


 頭を下げてそんな言葉を口にするハルカの姿を見て。ミッドナイツの三人は「こちらこそ……」と頭を下げ返していた。


 そんなやり取りをしていた時、路地の向こうから声が掛かる。


「面白そうな話をしてるじゃねぇか! 俺も混ぜろや」


 視線を向けるとそこには一人の男性の姿があった。


 灰色の髪と瞳、露出の多い服の間からは筋肉質な褐色の肌が見える。背丈の高いその男を見たジェミリオが口を開く。


「お前……『銀弓』のサジルか!」


 私は知らなかったがどうやら有名人の様だ。大きな歩幅で近付いてきたサジルという男は馴れ馴れしくハルカの肩を組む。


「なぁハルカよ、俺も連れてってくれよ」


 彼の仕草からハルカと仲が良いのだろうと思ったが、どうやらそうでもないらしい。


「いや、お前は絶対に無理」

「なんでだよっ!」


 そんな素っ気ない態度を取るハルカにカケロスとジェミリオも追従する。


「うん、お兄さんなんか嫌いだから無理」

「おいお前、『銀弓』だか何だか知らねえが師匠に馴れ馴れしくしてんじゃねぇぞ! まずは俺を通せやぁ!」


「なんだとガキ共! てかお前達は誰だよ!」


 偶に通りかかる人が思わず立ち止まる程の勢いで口論するカケロスとジェミリオとサジル。それを止めようとするラノンと、ため息を吐きながら傍観するカトル。


 こんなにも周りに人が溢れているのを私は信じられない気持ちで見つめていた。


 私のいない数日でハルカの周りはこんなにも賑やかになっている。


 きっと彼には自然と人を集める力というものがあるのだろう。そんな不思議な力に魅せられて私も彼の下へとやってきたのかもしれない。


 でもこの空間は、なぜかとても心地よかった。


 孤独でも生きていけた筈なのに、自分の近くに人が溢れることがこんなにも嬉しいことなのだと気付くことができた。


 そんな初めての感情の中心にはやはり、ハルカの姿がある。


 迷惑そうにサジルの腕をほどく彼の姿を見ながら、自然と火照った頬が上がるのを感じていた。

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