3-30 Premonition①
[視点:リナリア]
「これならどうだ!」
私の目の前、少しだけ低い位置にある癖のある茶髪がそんな言葉を発した。
その下にある大きな翠の瞳を持つ彼は確かカケロスという名前だったと思う。
『ちょっと良いこと思い付いちゃった! また後で教えるね!』と言って部屋を飛び出していった彼がしばらくして部屋に戻ってきたのだ。
そして驚くべきはその距離、先程話していた時は部屋の隅でやっとだった筈のカケロスは私の目の前まで近づいている。
「どうして……」
「カケロス、平気なのか?」
ベッドに腰掛けていたハルカも思わずといった様子で、前のめりになって口を開く。
カケロスはそんなハルカに親指を立てて満面の笑みでアピールした。
「やっぱり思った通りだ、これなら一緒に行動する分には問題ないね!」
頷いて自分の中だけで納得する彼に対して、ハルカと私は何が起こったのかわからずに顔を見合わせる。
するとハルカはもう一度カケロスに問いかけた。
「……何をしたんだ?」
その声を聞いて彼は年相応に見える得意げな表情で首に細い
紐の先に付けられていたのはただの透明な石で出来たアクセサリーにも見えた。
だがそれにしては少しだけ大きくて武骨な印象を与えるその石は、私達にとってはとても見覚えのある物。
「魔石……?」
大きさから見るとおそらくオーガのものだろう。魔石はまるで魔道具として使用する時の様に仄かな輝きを宿している。
その色は青、つまり水属性の魔力を溜めている証拠。
「まさか、私の魔力を吸って……?」
「大正解っ、その通りだよ!」
カケロスは手に取った魔石の首飾りを見せながら説明する。
「僕の技術じゃ複雑な魔道具は作れないけど、これは魔石の『ため込む』原理を使っただけの簡単なものだからね」
彼は私たちでもわかる様にかみ砕いて魔道具の原理を説明してくれた。
魔道具とは、魔石に『ため込んだ』魔力を『変換』することによって超常の力を得る道具のことである。
大きな利点としては使用者の魔力の属性に縛られないという事が上げられる。
カケロスは簡単なものしか出来ないそうだが、腕の良い職人は属性の鍵穴を人工的に魔道具で再現するらしい。
「この『炎槌』も同じだね。僕の魔力属性は『火』なんだけど、一部を『土』に変換して巨大な槌を再現してるんだ」
「なるほど……じゃあ魔力で作ったものを外側に付けて大きくなってるだけだから、小さくする事は出来ないんだな」
おそらく彼の魔道具を見たことがあるのであろうハルカがそう言うと、カケロスは大きく頷いた。
「それで、『ため込む』性質を限界まで引き上げただけのがこの魔石だね。触れることなく、周囲の魔力を貯め続けるんだ」
つまり、常に溢れ続ける私の魔力はカケロスの身体に辿り着く前に魔石が吸い込んでくれるということだ。
「そんなこと、思い付きもしなかった……」
「俺も……流石イゴスさんの孫だな……」
私とハルカがほぼ同時に漏らした言葉に、カケロスは照れた様に笑う。しかし直ぐに視線を落として彼は口を開いた。
「でも、これには欠点が二つあるんだ」
一つは自らの戦闘中には外さなくてはならないということ。当然だが付けたままでは自分の魔力も吸われてしまうからだ。
そしてもう一つは、使い捨てであること。
吸い取る能力だけを高めたその魔石は、ため込んだ魔力を外に出す機能を持っていない。
つまり限界まで魔力をためてしまえばもう吸い取ることが出来なくなってしまうということらしい。
だがそれでも、こうして普通に他人とコミュニケーションが取れるということが私にとっては何よりの衝撃だった。
十分過ぎる程の発明をしたカケロスだが、本人は納得のいかない表情で口を開く。
「でもハルカに聞いた情報だと、オーガの魔石で金貨二枚もするんでしょ? 量産するには割りに合わないけどね……師匠ならもっと良いアイデア思い付くのかなぁ」
苦い表情で発した彼の呟きに、ハルカが何か引っかかった様な顔を浮かべた。
「師匠? イゴスさんに教えてもらったんじゃなくてか?」
その言葉にカケロスは頷いて答える。
「うん、おじいちゃんに教えてもらったのは鍛冶だけだよ。おじいちゃんの知り合いに魔道具を専門に作る人がいて、その人に魔石の扱いを教わったんだ」
「あー、なるほどなぁ」
納得した様子で言ったハルカは一度咳払いをすると、改めて口を開いた。
「それで、いつイクス王国に出発しようか」
彼の声を聞いて、私は少しの間考える。
ダイドルン帝国から出るのは正直なところ私の立場を考えると危険だ。もし悟られると直ぐにでも兵士たちが捕まえに来るかもしれない。
私本人を襲うなら大丈夫だが、他の人にまで危害が加わることは避けたいところ。
そこまで考えたところで、出た結論は一つだけ。
「今から出発しましょう」
「なっ、今から!?」
驚きの声を上げるハルカと、目を見開いてこちらを見るカケロス。そんな彼らに構わず私は話を続ける。
「イクス王国まで最低でも二日はかかるし早く行った方が良いでしょ? さぁ、そうと決まれば早速準備して! 私がセルナに話してくるわね」
半ば強引に話をまとめた私が部屋を出ると、後ろから慌てる声が聞こえてきた。
「これの予備を何個か作ったから、ハルカも運ぶの手伝って!」
「わ、わかった! それと他にも……」
耳に届く彼らの声に無意識に笑いながら一階へと降りると、私の姿に気付いたセルナが手を振ってくる。
「リナリー、今日もどこかに行くの?」
いつもの軽い調子でそう言った彼女に、私も同じ口調で返す。
「ええ、ちょっとイクス王国まで行ってくるわ」
「ちょっ、はぁ!? イクス王国って、どうしてまた……」
私が発した言葉の内容を聞いて、セルナは仰け反って驚いた。そんな彼女の大袈裟なまでの反応がおかしくてつい笑いながらも答える。
「デートに誘われたからよ。それよりも紙と筆を貸してくれない?」
「それは良いけど……」
あくまでも調子を崩さない私を見て不思議な表情を向けていたセルナだが、手元から取り出した紙と仕事用の筆を渡してくる。
彼女の傍にある机で数行の文章を書き終えると、それを折りたたんセルナに手渡した。
「これは……?」
受け取りながらも疑問を浮かべる彼女に、出来るだけ小さな声で答える。
「もしあの手紙が来たら、これを送り返して。そうすればきっとあなたに危害が及ぶことはないわ」
その一言で、セルナは全てを悟った様だ。
「リナリー……」
泣きそうな表情を浮かべる彼女に言葉をかけてあげたい所だが、階段から足音が聞こえ始める。
おそらくはハルカとカケロスだろう。
「ほら、ハルカ達が来ちゃうから泣いちゃだめよ。いつも通りの笑顔でお願い」
言葉と共に笑いかけると、セルナは小さく頷く。そしていつもの様に輝く様な笑顔へと戻った。
そして私達の方へと近付いてきたハルカ達に向かってセルナは口を開く。
「いいなぁーイクス王国までの旅行! 私もこの宿が無かったら付いて行くんだけどなぁ……今度機会があったら連れて行ってね!」
「ははは……覚えておきます。とりあえず今までの宿代は払っておくよ」
ハルカがそう言ってお金を取り出そうとするが、セルナは身を乗り出して防いだ。
「駄目、まだここに帰ってくるんでしょ? その時に払ってくれたら良いから、絶対に帰ってきてね!」
彼女の言葉に少しだけその青い瞳を見開いたハルカだったが、直ぐに笑って返す。
「わかった、必ず帰ってくるよ。じゃあ……行ってきます」
「ありがとね、セルナのお姉さん!」
「行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい!」
セルナは私達が宿から出ても少しの間、手を振って見送ってくれていたままだった。
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