3-25 意外な遭遇


 「炎槌っ!!」


 幼くも聞こえたその掛け声と共に、何もない空間から突然現れた巨大な槌が炎を纏って上空に現れる。


 その物体が影を落としていた場所、俺達を囲んでいたオーガの半数をまとめて潰した。一度だけ大地に響いた衝撃が、その力強さを足裏から伝えてくる。


「こ、今度は何だあああ!?」


 背中から海色の髪をした青年の情けない声が聞こえるが、今は彼に構っている暇はない。


 炎を撒き散らす変幻自在の大きさを持った槌という光景に何処か見覚えがある気がしたのだ。


 戦力の半数を一瞬で失ったオーガ達は流石に動きを止めて俺達と同じ様にオーガが潰れた場所を見つめていた。


 するとこの場にいる全ての者の視線を奪っている巨大な槌はその大きさをみるみる縮めていく。


 やがて手に持つサイズまで小さくなったことで、まさしく凶器と呼ぶに相応しい物を持っていた人物の姿に視線が移った。


 癖のある飴色の髪の毛は、レオの毛並みよりも少しだけ白が多く混ざっているだろうか。その前髪から見える翠色の瞳は可愛らしい印象を与える丸さだ。


 そして無造作に着こなされたツナギの様な形の作業着を、少しだけぶかぶかとしながら着こなしている。

 

 その姿には、やはり見覚えがあった。彼はゆっくりとこちらを見ながら口を開く。 


「お兄さん達、危なそうだったからつい手助けに入っちゃった。大丈夫かい……ってあれ?」


 彼は緊張感のない声で話していたが、視線が俺と交わった途端にその表情を怪訝なものへと変える。


「あれ……あれれ? 何かお兄さんの顔には見覚えが……」


 周りの者全てが動きを止める中で一人だけその足を動かして近づいてくると、その大きな瞳が更に見開かれて大きくなっていった。


「まさか……お兄さんって僕のこと知っていたりするかい?」


 おそらく似ているだけの人という可能性が彼の中で捨てきれないのだろう。


 その挙動不審な様子がおかしく感じたのもあるが、無事だったことを知れた安堵も合わさってつい笑ってしまう。


 俺のその仕草に漸く、彼の疑問は確信に変わったようだ。


「ハル……カ?」


「無事だったんだな、カケロス。久し振り……というよりは二週ぶりくらいか?」


 俺が言葉を並べた瞬間、彼の顔には本当に光が差したかと錯覚する程に明るいものへと変わった。


「ハルカじゃあああーん! 無事だったんだねえええ!」

「うっ……!」


 その身体を投げ出して突撃してきたカケロスの頭が胴に突き刺さり、思わず短い呻き声を出す。


 しかし彼はそんな俺の声などお構いなしと言わんばかりに興奮した様子で言葉を続けた。


「どうして無事だったならこんな場所にいるのさ! 早く帰ってくれば良かったのに……」

「まあ、色々と事情がありまして……」


 リナリアの事などを含めてどう説明すれば良いかなと頭を悩ませていると、先程から状況に付いて行けずに黙っていた青年が口を開く。


「あの……何か感動的な再会を邪魔してしまう様で本当に申し訳ないんですけど、オーガ達がそろそろ……」


「「グゴオオォアアアア!」」


「ひっ!?」


 すると同じタイミングでオーガ達は威嚇の声を上げ始める。どうやら漸く事態が飲み込めたらしく、同族を殺されたことに対して怒っているのだろう。


「先にオーガ達だな……カケロス、蹴散らすよ」


「りょーかーい!」


 赤鬼たちが動く前に短い意思疎通を終えた俺達は一斉に飛び出す。


 残るオーガは六体で、逆方向に飛び出した俺達二人に釣られて半数ずつが向かってきた。


 地面を真下へと蹴りつけ、低身長のオーガ達が届かない位置まで跳ぶ。そこで少しだけ不思議な感覚に襲われた。


 疲れも溜まってきている筈なのに、何故か身体の調子が良い。


 魔力が無駄なく体へと満たされて、そこから一つ一つの動作が軽かった。


 急に上へと跳びあがった俺の動きに対応が追い付かないオーガのうち一体目掛けて、握り直した短剣を振り下ろす。


 易々と通った刃は一撃のうちにオーガの姿を魔石へと変えた。


「なんだこの感じ……身体が軽い」


 そのまま片足で着地すると、もう片足で更に一体のオーガを蹴り飛ばす。またしても一撃、蹴られたオーガは身体を霧散させた。


『それは人間が魔法を使う時によく見られる性質だ。感情の動きは魔力の流れそのものに影響する』


「あ……なるほど、そういう事か」


 突然聞こえたウラニレオスの声で漸く俺に訪れていたその現象が理解出来た。


 つまりこんなにも魔力がよく身体に馴染んでいるのは、仲間に会えたことを喜んでいるからなのだろう。


「グゴォォッア!?」


 すると突然、オーガが驚愕に染まったのが俺にもわかる表情を貼り付けて叫ぶ。そして一目散に草原の奥へと走り出した。


「えっ……?」


 魔物って逃げることもあるのかとあっけ呆気に取られていると、頭の中では意地の悪い色の声が聞こえてくる。


『ハルカ、其方が先程から爽やかな笑顔で笑っておったからだぞ。笑うことが一番怖いとはよく言ったものだが……まさか魔物に怖がられるとは』


 必死で笑いを堪える様な相棒の声に納得のいかない気持ちで不貞腐れていると、レオは言葉を続けた。


『……追わないのか?』


 先程の声とは打って変わって真剣な口調での問いかけに、少しだけ頭を悩ませる。


 だが直ぐに結論は出た。


「まあ、逃げるなら問題はないんじゃないかな……オーガ一体を逃がしたところでどうにもならないだろう」


『そうか……』


 内側で話す相棒とそんなやりとりをしていると、地面を叩き鳴らす音が一つ聞こえて来る。


 音が鳴った方向へと視線を向けると、丁度カケロスの槌が最後の一体を押し潰したところだった。


「ふぅ……いやぁ疲れた。さっ、ハルカも一緒にマグダートに帰るでしょ?」


 顔を俺の方へと向けて問いかけてくるカケロスだったが、リナリアのことを考えると素直に頷くことは出来ない。


「いやそれは……まだやらなきゃいけないことがあるというか……」


「えーそんなに大事なことぉ?」


 依然として食い下がるカケロスにどの程度まで説明するべきなのかと頭を悩ませて来ると、不意に後ろから声が聞こえた。


「ラノン! 良かった、意識ははっきりしてる!?」


「うっ……カトルかい。大丈夫だよ……」


 突然の大きな声に少し驚きながらも振り向くと、先程まで頭から血を流して倒れていた大きな身体の青年が目を覚ましたらしい。


 俺と同じ黒い髪の間から血が流れているが、どうやら意識はしっかりとある様だ。


 頭の怪我なのでまだ安心は出来ないかもしれないが見た目ほどの重傷ではなさそうでほっとする。


「あ、あの!」


 すると彼ら三人の中でも最後までオーガと戦っていた青髪の青年が頭を下げているのが視界に映る。


「いや頭を上げて良いよ、気にしな……」


 気にしないでくれ、と言いかけた声を遮って彼は言葉を続けた。


「助けて頂いてありがとうございます! それとハルカさん……俺を弟子にしてくれませんか!?」



「……えっ?」

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