3-21 Picture
「えぇ……」
目の前に広がる光景に、俺は思わず困惑の色に染まった声を漏らしてしまった。それを聞いたリナリアは小さく首を傾ける。
「どうしたの?」
その可愛らしい仕草だけを見ればため息をつく程に美しいと感じるのだが、彼女の上で太陽の光を歪ませている物体を無視することなど出来なかった。
「いや、どうしたもこうしたも……」
時々音を立てながら空に浮かぶそれは彼女の魔法による膨大な水で作られた球体。その中で流れに逆らえずに絶命した数体のオーガが力なく揺れていた。
こんな状況になった原因は先程のリナリアの「私も戦えるから今度から交代制にしましょ」という言葉だ。
その結果が目の前の惨状である。
「容赦がないというか、想像してたものと違ったというか……」
複数体のオーガが現れたので普通に参加しようとしたのだが、突然地面から湧き出した濃密な魔力の波は意思を持つ水となってその赤い魔物たちを包み込む。
そのまま空へと押し上げられたオーガは必死に抵抗していたが、水が相手ではどうしようもない。
つまり、今しがた球体の中で魔石へと変わった彼らの死因は窒息による溺死。
そんな目も当てられない光景を作り出したリナリアは息を乱すこともなく、強張った表情の俺を不思議そうに見ていた。
「まあ何にせよ、これで四体目ね。運良くダンジョンを見つけられるかもしれないし、この調子でどんどん行きましょ」
「はは……でも魔物の巣窟とかいう危険な場所なら見つけたくない気持ちもちょっとあるかな……」
俺が苦い笑いと共に零した本音にリナリアは「そう言えば……」と何か思い出したかの様に口を開く。
「確かダンジョンは見つけるだけで破格の報酬を貰えるはずよ。それに近付くだけなら、少し魔物が多い程度で済むわ」
そう言って逞しく腕を天に掲げた彼女は、出発の音頭を取った。
はしゃぐリナリアの様子からはとても昨日の彼女を連想することなど出来ない程に元気いっぱいである。
「さぁ、しゅっぱーつ!」
「お……おー!」
若干彼女のテンションに押され気味になりながらも真似をして腕を上げると、リナリアはそんな俺を見て笑っていた。
それから少し歩いては遭遇するオーガとの戦闘を繰り返しながらイル・レーヴェの外周を探索する。
もしリナリアの言うように地域によって出現する魔物が変わらないのだとしたら、オーガしか出会わないのは明らかな異常だろう。
目の前で腕を振り下ろしてくるオーガの攻撃を
ネロがよく使っていたこの技を漸く実戦でも使える程になってきたことを内心で喜んでいると、もう一体の魔物を瞬殺していたリナリアが話しかけてきた。
「ハルカもその使い方するんだね。でも魔法は教わってないんじゃ……?」
彼女の言葉が今使った水圧攻撃のことを示しているのだろう。
エルピネに教えてもらった内容も初歩的なものだけで使い方とまではいかない程度だったので、その問いに首を振って否定した。
「うん、使い方とかは教えてもらってない。今のも見よう見真似だね」
するとリナリアは口元に手を当てて考える様な仕草をしながら話す。
「水属性だと有効的で魔力が少なくても使える攻撃手段だからね……でも生成する量や勢いなんかはやっぱり魔力量に左右されるの。だから私やハルカみたいに総量が多い人が使えば……」
彼女はそう言い終わると同時に、片腕に魔力を集中させた。
そのままリナリアの華奢な腕から時間差なく放出された水魔法は、目で捉えきれない速度で地面へと吸い込まれる。
大地へと到達したそれは、軽く三メートル程の深さの巨大な傷を大地へと作りだして霧散した。
「えぇ……」
ほんの一瞬きの内に直ぐ傍の大地に刻まれた深い裂傷を見て、反射的に感じた恐怖で身体が動かない。
そんな俺の様子には気付かずにリナリアは軽く手を振りながら説明を続けた。
「こういった感じになるの。絶対量が多いだけに使いこなすのには時間がかかっちゃうけど、努力あるのみね」
「……頑張ります」
あまりの衝撃に思わず敬語になってしまう俺をみて声を上げて笑っていたリナリアは、やがて赤く染まり始めた空を眺めながら言った。
「そろそろ帰ろっか?」
水色の短く動きやすいドレスを
空がまだ赤い内に町へと到着した俺達は、確認のために出した魔石の数を見た門兵に驚かれながらも迎えられた。
依頼達成の手続きと買い取りを済ませる為に町の中心部に向かっていると、道中で何か人々が騒がしくしている広場に差し掛かる。
「おいおい本当かよ……こんなご時世に馬鹿な奴らだな」
「でも本当なら、良いことなんじゃないのか? どうせならうちの帝国も……」
「馬鹿お前、そんな言葉を軍に聞かれてみろ! 一発で捕まるぞっ」
まるで何かを取り囲むようにして騒ぐ人々を見て、リナリアにこれは何の集まりなのかという疑問を乗せた視線を向ける。
しかし俺と目を合わせる彼女も首を傾げていたので、どうやらリナリアも知らないらしい。
気になったので群れる人々の隙間を抜けて中心部へと近付くと、何やら掲示板らしきものが立っていた。
そこに一面で貼り付けられているのは、大きな一枚の紙と白黒の写真の様なもの。
リナリアがそこに書いてある文字をそのまま声に出して読んだ。
「えっと……『南側諸国で、イヴォーク王国を中心とした同盟締結』ね。イヴォークも思い切った判断をしたのね」
彼女が感心した様な声でそう言っている時、俺はそこに貼り付けられた写真の方に視線が固定されていた。
「アイリス……そっか、無事だったのか」
白黒で描写された光景はおそらく参加した各国の偉い人が話し合っている光景だろう。
その中心に映るのは、低い解像度でもはっきりとわかる見慣れた姿だった。どうやらアストは彼女を襲うことはなかったらしい。
生きているとわかっただけでも嬉しくてほっとしていると、
「……ハルカ。ハルカっ! ここから離れましょう」
限界まで潜めた声でそう言って訴える彼女の真剣な表情に、何があったのだろうかと疑問を浮かべる。
しかし先程からいつの間にか魔力の反応が強いリナリアと、周囲から聞こえてきた声を合わせて考えると直ぐにその理由がわかった。
「あれ……? 俺なんか気持ち悪いんだけど……」
「そう言えば私も気分が……」
「あっ、向こうで人が倒れてるぞ!」
答えは単純、リナリアに近付き過ぎたのだ。
その細い身体から溢れ出る魔力の反応はなぜか以前ギルド内で彼女が動揺した時と同じ様に不規則なリズムを刻んでいたが、こんな短時間で周囲に影響を及ぼすというのは想定外だった。
だが今はそれを考えるよりも、この場から離れることの方が先だろう。
リナリアの手を引いて、騒がしさの増した人だかりから逃げる様に歩く。
耳を覆う喧騒のせいか雑音にしか聞こえないが、届く音の中には彼女がぽつりと漏らした呟きがあった様にも聞こえた。
「……だって君が、そんな顔するんだもの」
そして俺達は、逃げる様にその場所を後にした。
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