3-20 オーガ
俺とリナリアは今、初めてイル・レーヴェに入る時にも通った解放されたままの門の前まで来ていた。
直ぐ傍にある門番が滞在している屋台の様な小屋で依頼書を渡すと、中から出てきた鎧姿の若い男兵士がそれを確認する。
「近場だと……この東門を出てから真っ直ぐ進んだ先で最近オーガの目撃情報が増えてるから、そこに向かうと良い。一応討伐数をかさ増しする事が無い様に手持ちの魔石を確認させてもらうぞ」
若い門兵の言葉に従って手持ちの魔石が無い事を確かめる。
彼が言うには、元々持っていた魔石を売り払うついでに依頼の報酬も貰おうとする行為を防ぐためにできた規則だそうだ。
二人とも確認を終えると、門兵に見送られて俺達はイル・レーヴェの郊外へと足を踏み出す。
とても魔王軍による侵略の手が迫っているとは思えない程に豊かな草原が続く大地を歩いていると、ふと先程の門兵とのやりとりで少し引っ掛かっていた疑問を思い出した。
「そう言えば、地域によって主な魔物の種類って変わるの?」
イヴォーク王国内で遭遇したのはゴブリンだけだったことに対し、先程の門兵はこの近くはオーガが生息すると言っていた筈。
ならば地域によって種類が変わるのかと思ったが、リナリアは首を振ってそれを否定した。
「基本的には地域によって変わることは無いわ。どの場所でも多く見られるのがゴブリン種とオーガ種とコボルト種、それとちょっと少ないけどオーク種が一般的ね」
彼女の言葉で魔物達の姿を曖昧なイメージで想像していると、リナリアは引きつった笑みを浮かべて言う。
「未だに人間の住む場所に残っているのは魔王の命令を理解できなかった落ちこぼれだけと言われているの。だから魔王軍の兵となってる魔物はもっと強いわ」
「えっ、それは……厳しいな」
こういった依頼を通して魔物との戦いに慣れておくことは必要なのかもしれないが、魔王軍にはもっと強い個体しかいないと言われれば中々に恐怖を感じるものだった。
しかしリナリアは更に付け足して言葉を続ける。
「でも悪い事ばかりじゃないのよ? 魔王の招集があった時から野生の魔物の絶対数は減ったし、国内であれば子供が町の外へと出れるくらいには平和だもの。……まあ直接攻められるんだけどね」
リナリアが放つ重めの冗談に俺は苦笑いしか出来ないでいると、彼女は一度咳払いをして脱線した話を元に戻した。
「……それで、この近くにオーガ種が集まっているのだとしたら、おそらく『ダンジョン』が近くにあるからでしょうね」
「ダンジョン……?」
聞き覚えがある様で無いその言葉に首を捻っていると、彼女は復唱した俺の声に頷く。
「そう、ダンジョン。魔王軍が人間の支配地域に作る前線基地みたいなものね。大抵は忘れ去られた遺跡とかに軍から送り込まれた種族の魔物が住み着いて数を蓄えるの」
そして少しだけ険しい表情を作ったリナリアは一呼吸置くと、嫌なことを思い出しているかの様に険しい表情で言った。
「そしていざ戦争となった時に内側から溢れ出して外と内から同時に人間の国をボロボロにする、とても危険なものよ」
「なんて
送り込まれた魔王軍の魔物たちは野生に紛れ込んで力を蓄えるという狡猾さ、やはり魔王というものはかなり頭が回るらしい。
そんな相手に人類が勝てるのだろうかと本気で疑い始めていると、彼女は話を締めくくった。
「この近くではまだ見つかっていないけど、オーガがもしダンジョンを作っているのだとしたら早めに見つけないとね。という事で目の前にいるわよ」
「え」
リナリアへと向けていた視線を体と同じ向きに戻すと、赤黒い肌を上下させている何かの姿が目に映る。
成人男性よりは少し低めの位置にある顔には耳の近くまで裂けた大きな口から鋭い牙が何本も突き出ており、髪の様に生える体毛は土の色だった。その引き締まった胴体こそスリムにも感じるが、肥大化した頭や腕は明らかに全体のバランスを狂わせている。
ゴブリンとは違ってイメージよりも強そうな印象を受ける彼と目が合った瞬間、オーガは雄叫びを上げた。
「ゴオオォォォォア!」
「うっ、リナリア後ろに下がって!」
リナリアの前へと身体を滑り込ませると、いつもと同じ様に結晶魔法を発動させようとする。
だがその時、図書館でレオが言っていた忠告を思い出した。
……今後この国で結晶魔法を彼女を含めた誰かに見られるのは、極力避けた方が良い。
その言葉が頭を
イヴォーク王国でアイリスと一緒に買い物した時のものだったが、結晶魔法の利便性ゆえに自分ではあまり使っていなかったもの。
しかしダイドルン帝国にいる間、手加減できない戦闘以外はこの短剣に慣れる必要がある。
初めて戦う相手だからか、それとも結晶魔法が使えないからか、いつもより肌に刺激のある緊張が走っていた。
姿勢を低くして短剣を掲げる様に前で構えると、もはや反射的に身体に流していた魔力の流れを刀身にまで伝わせる。
淡く白い輝きを放ったその短剣を見て、オーガは何かを察したのか俺に向かって突進を始めた。
数メートルの距離を一瞬で詰めてくる赤い鬼の様な魔物の姿を視界で捉えながらもリナリアが後退したことを確認すると、柄を逆手で持ち直す。
体つきを見る限りはその肥大化した腕と凶悪な爪による攻撃を得意とするのだろうと予想していたが、どうやら正解らしい。
片腕で俺を掴みかかろうと伸ばされた手を見てある程度の実力を悟った。
未来視を使うまでの速度ではない、もし脅威になるとしたらその威力だろう。それを確かめるために俺はまず受け流すことを選んだ。
幾度となく自分よりも速い者達と戦ったおかげか指の動きまではっきりと見えていた俺は直撃しない様に身体をずらし、短剣の腹でその爪を受け流す。
その一瞬で腕から肩までに返ってきた衝撃の小ささに、やっと安堵の息を漏らした。
魔力による身体強化さえ行っていれば、脅威になることは万に一つもないと察したからだ。
それさえわかればもう戦闘を続ける意味はない。
受け流した短剣の柄で伸ばされたオーガの腕を勢いよく上に弾く。そうすることで俺よりも小柄な赤い魔物の身体は少しだけ持ち上がり、無防備になった胴体目掛けて全力で蹴りつける。
「ゴォォッア!?」
奇声を上げて吹き飛んだオーガを追いかける様に、地面を強く蹴って突撃した。
その赤黒い肌から覗いた深紅の瞳に俺の姿が映ったと同時、追いついたオーガの身体に向けて短剣を振る。
魔力を帯びた白銀の剣閃は微かな抵抗すら感じさせずに赤褐色の肌へと入り込み、振り抜いた時には既にオーガは粒子なって空気へと溶けていた。
青々と生る草の上には、魔人のものと比べればあまりにも小さい灰色の魔石が落ちる。ゴブリンと比べれば少しだけ大きいのかもしれない。
戦いが終わって気が抜けたのか呑気にそんな事を考えていると、後ろから拍手の音が聞こえてくる。
「やっぱり強いのねハルカ! 魔法使いじゃなくて戦士でも十分に一流だと思うわ」
「はは……ありがとう」
この世界に来てから戦う力を褒められることが多いが、手放しで喜べないのはまだ適応しきれてない証拠なのかもしれない。
するとリナリアがふと何かを思いついたかのような表情で言った。
「でも私も戦えるから今度から交代制にしましょ。複数の時は臨機応変で」
野を吹き抜ける風に蒼と白の髪を揺らす彼女が満面の笑みでもたらした提案に、思わず首を縦に振ってしまったのは仕方の無いことだろう。
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