3-19 銀弓の視線


「おい……あいつってこの前の……」

「本当だっ、あんなやばい奴をギルドマスターは何故受け入れたんだ……」


 傭兵ギルドの解放されたままの入り口をくぐると、所々からそんな声が聞こえてきた。


 向けられる恐れや敵意の視線は明らかに俺を捉えていたが、近付いてくる者は誰一人としていない。


 積極的に関わってこないのであればこちらとしても有難いのだが。


 俺は初めての依頼を受ける為に傭兵ギルドの建物へと足を運んでいた。ちなみにリナリアには外で待ってもらっている。


 依頼の紙が貼りつけられた巨大な掲示板らしき物の前へと向かうと、集まっていた人だかりは遠のいていく。


『すっかり嫌われ者だな』


 内側からレオの茶化す声が聞こえてくるが、事実なので言い返すことも出来なかった。


「リナリアが言ってた依頼は……」


 彼女が初任務は難易度の高いものではなく魔物との戦闘に身体を慣らす為に『恒久依頼』という種類のものが良いと言っていたのでそれらしきものを探す。


 恒久依頼とはその名の通り一度限りではなくならないもので、主に特定の地域で魔物を一定数倒せば魔石の買い取りとは別に報酬を貰えるというものだった。


 貼り付けられた紙が一面に広がるその一角に、茶色の紙の中でも更に色の濃い紙が並ぶスペースが視界に入る。


 目を凝らすとそこには大きな文字で『恒久』と判を押されたものだった。


「これだな。あまり遠くに行かなくても良いもので……『イル・レーヴェ外縁部にて魔物を二十体討伐』か、これにしよう」


 目当ての紙を壁からむしり取って受付へと持っていく。歩いているだけで集まっていたギルド員から避けられるお陰で完全に悪目立ちしていた。


 そんな状況にため息を吐きつつも受付をしていた女性の所へと近付くと、赤毛をまとめて肩から垂らすその女性はお願いだから来ないでくださいといったオーラを身体中から漂わせていた。


 申し訳ないが彼女の態度は無視して依頼書を差し出す。


「これ、お願いします」


 大事を起こした張本人ではあるが、リナリアのことが無ければ特に敵意を向ける必要もないので出来るだけ柔らかい口調で言葉を放つ。


 しかし全く効果が無いと言わんばかりの緊張した面持ちで彼女は答えた。


「あ、えと……恒久依頼ですね。イル・レーヴェの外縁地区が対象なので……討伐の前に、門兵に確認を取って下さい。話は通っている筈なので」


「わかりました、それじゃあ……」


 終始緊張したままだったその女性に少しだけ申し訳なくなってしまったので早めに去ろうとすると、突然後ろから声を掛けられる。


「よぉ、お前か? 登録もしてない時に一発かました生意気な新人ってのは!」


 男声ながらもハスキーなその響きに振り向くと、目線を少し上に向けたところにある様々な方向に跳ねた灰色の髪に注目がいった。


 髪の隙間から覗く同じ色の瞳は軽薄そうな印象を受ける。


 一枚の布を身体中に巻き付けた露出の多い服装から見える筋肉質な身体はよく日に焼けていて、褐色といっても差し支えない程だった。


 その男は俺の退路を断つ様に立っている。


「……誰ですか?」


 男が浮かべる笑みからは明らかに仲良くしましょうといった雰囲気ではなかったので警戒の視線を向けると、後ろに背負う大きな銀の影に気が付いた。


 あの形はおそらく弓だろうと考えを巡らせていると、周りから歓声の様なものが湧き始める。


「おお、『銀弓』のサジルじゃねぇか!」

「そいつ俺達を馬鹿にしてやがるんだ、いっちょ怖いもの見せてやれや!」


 そこそこの有名人なのだろうか、先程まで静まり返っていたギルド員たちが一気に元気を取り戻している。


 騒ぐ彼らの様子に少しだけ気分が下がっていると、表情を消したサジルと呼ばれた男から小さな呟きが漏れた。


「ちっ、どいつもこいつもくだらねえ……」


「……は?」


 聞き取れずに首を傾げていると、その顔に元の軽薄な笑みを浮かべて言葉を放つ。


「なんでもねぇよ。こいつらの事はどうでも良いが、あの女……魔女と一緒にいるってのが俺は気に食わねぇ」


 その言葉に俺は心から絶望した。結局はこの男も周りで騒ぐ有象無象と同じでリナリアを迫害していたうちの一人なのだろう。


「……そこを通してくれないか、人を待たせてるんだ」


 思わず刺々しくなってしまう口調を何とか抑えながらそう言ってサジルの横を通ろうとすると、彼はそれを塞ぐ様にまた立ち塞がった。


「魔女を待たせてるんだろ? それなら余計に通す訳にはいかないな」


「……そこまでして阻む理由は?」


「そりゃあ……話せねぇな」


 どうやらサジルはまともに会話をするつもりはないらしい。


「はぁ……お前もここにいる連中と同じなのか。それならもう話すことも、ない」


 直接リナリアに向けて言った訳ではないのでまだ救いようはあるものの、多少の脅しは必要だろうか。


 言葉に乗せた感情の勢いのまま、威圧の意味も込めて魔力を解放する。怒りを抑える代わりに魔力の蒸気を体表に噴き出してサジルを睨みつけた。


「うぉっ……何だその魔力」


 後ろに下がるサジルの歩幅に合わせて前に足を踏み出す。更に退いたらまた足を踏み出して距離を詰める。


 そうして至近距離での威圧を続けていると、やがてサジルは肩をすくめて言った。


「わっ……わかった、悪かったよ。お前が魔女の隣に居ても平気なのは同じくらいの魔力量を持ってるからなんだな。それがわかればもう俺に用は無いよ」


 降参のポーズを取ったその男が口にした内容は全く理解できなかったが、道を開ける様に横にずれたので通り過ぎる。


「そうか……俺には、無理か」


 彼の横をすれ違う時、サジルはまたしても小さく呟いていた気がした。


 またしても静かになったギルド員たちの間を振り返ることなく進んで建物を出ると、遠くで待っていた筈のリナリアが焦った様子で直ぐに駆け寄ってくる。


「ハルカ、大丈夫!? 中から君の魔力の気配がしたから何かあったのかと……」


 心配してくれたのはとても有難いが、今の出来事を彼女に話しても良いことなど何もないだろう。


 そう考えた俺は、なるべく悟らせない様にいつも通りの表情で嘘をつく。


「気のせいだって。普通に依頼を受けてきただけだよ、これが依頼書ね」


 そんな俺達の姿をギルドから見つめる視線には、最後まで気付かないままだった。

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